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【 首都空港の電球 】 [中国]

【 首都空港の電球 】 

先週、午後の北京首都空港のロビーで私は、内陸へ向う乗り継ぎ便を待っていました。そしてボンヤリと天井を眺め、あることに気づきました。

「電球がところどころ、灯っていない」空港ロビーには高い天井があり、電灯がたくさん並んで点灯しているのですが、その内の四分の一ほどが暗いままなのです。最初は省エネで電気を消しているのかと思ったのですが、そうではないようです。 灯っていない電球はバラバラで無秩序に配置されています。

「これはどうやら電球が切れたまま放置されているみたいだ。 この時間ならまだいいけれど、夜になったら暗いだろうな・・」

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電灯は、その色から見て、水銀灯や蛍光灯ではないようです。白熱灯の一種だと思いますが、どういう電球かは分かりません。でもどうして切れた電球を放置しているのか?空港ロビーの天井は随分高い位置にあり、電球交換にはかなり大型の高所作業車が必要になりますが、そんなものをロビーに持ち込むことはできないでしょう。よく見ると、天井のすぐ上に作業者用のキャットウォーク(歩廊)があって、電灯はその脇に並ぶ形になっています。 つまり、作業者がその歩廊に上がれば電球交換は可能なわけですが、作業はかなりやりづらいと思われます。 作業中に落下物が生じる可能性を考えると、下を旅行者が往来する状況では電球交換もできません。 作業区域を囲って立ち入り禁止にする必要もあります。

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たかが電球交換ですが、そう簡単ではなく、頻繁に実施することはできないようです。「だから、電球が切れてもそのままにしているのか・・・。でも国の玄関ともいうべき、大事な建物で、これはみっともないな」そこで、ふと思いました。 

「この建築の設計は外国人なのだな?」

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北京首都空港はアジア最大で世界でも有数の大空港ですが、日本のODAで建設されています。 そしてそのターミナルビルは英国人の建築家の設計です。「だから、こんなことになってしまったのか・・」

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実は、中国の電球は切れやすく、寿命が短いのです。 時々、驚くほど短寿命のものがあります。 驚くべきことですが、電化製品の店には試し点灯用の台があり、そこで電球を点灯させて、光ったものだけを買う仕組みになっています。電球だけではありません。 私はその街で一番大きなデパートで赤外線ヒーターを買ったのですが、3本あるヒーターのうち、1本は最初から切れていました。

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中国の電球の寿命が著しく短く、そしてバラつきが大きなことを意識せずに、外国人がターミナルビルを設計したために、頻繁な電球交換を前提としない構造にしたのかも知れません。 もし中国人が設計したら、電灯がスルスルと下りてきて、下で交換作業できるようにするか、寿命の長い水銀灯かナトリウムランプ、あるいはそれらを混合させたカクテル光線を採用したかも知れません。

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電球の寿命が短い・・というのは実は単純なことではありません。第一にはフィラメントの品質のバラつきがあります。フィラメントの線の太さがバラバラだったり、接合部の品質がマチマチだと、当然寿命もバラつきます。明治時代からの電球製造技術ですが、日本以外の国ではなかなか品質が揃いません。

(その日本ではとうとう白熱電球の製造を止めましたが・・)。

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電球側だけの問題ではありません。 電力の電圧変動も大きな問題です。日本では原発が全滅しない限り、電圧が大きく変動することはありませんが、外国では電気の品質はそれほどよくありません。特に中国は家庭用電力が220Vと高圧な上に電圧変動が大きいのです。 実は電力の品質は、その国が先進国なのか、中進国なのか、途上国なのかを占ううえで、重要なパラメーターなのです。

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中国は中進国または途上国です。当然ながら、電圧変動が激しければ、電球は短寿命化します。だから中国の電球はどうしても、短寿命になるのです。

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電球に限らず、いろいろなデバイスや設備の寿命を研究する学問は、昔からあります。確率統計論の初歩とも言えるのですが、普通、理工系の大学の学部の初年級で学びます。 気の早い秀才は高校三年の数学Ⅲで学ぶかも知れません。そこでは、電球のようにじわりじわりと劣化し故障に至る設備の寿命は、カイ自乗分布に則るとあります。 しかし、異常電圧などの偶発的な事態で寿命が途絶える場合、その寿命分布はポアソン分布に則ります。実は、中国の電球はカイ自乗分布ではなくポアソン分布に則るのです。カイ自乗分布の場合より、より幅広く分布し、小さい値もとります。

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機械設備の場合、応力負荷による寿命の評価にはレインフォール法(雨だれ法)という理論が用いられます。 普通、電圧変動による電気設備の劣化の評価には、レインフォール法は用いられませんが、中国の場合は該当するのです。

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そして機械設備の場合、この20年で急速に進歩したのが金属疲労の設備寿命に与える影響評価です。例えば天井クレーンの構造規格には、数年前から疲労強度の計算が取り込まれています。 しかしまだ電気製品の寿命には疲労の概念は取り入れられていないようです。

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かつては設備の故障といえば、初期故障の多発時期、中間の安定期、老朽化後の多発時期という単純な三段階で評価するのが一般的でした。 民間航空機などは老朽化によるメンテナンスコストの増大が機体更新時期を決めます。しかし、今はもっと複雑で緻密な計算がなされるのです。

そういえば、鳩山由紀夫だったか由起夫だったかの学位論文はマルコフ過程での設備故障確率についての研究だったはずです。 スタンフォードがその論文を受理したのはちょっと意外ですが・・・。

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話が脱線しましたが、中国の電球が短寿命であることを考慮しないでターミナルビルを設計したのは、失敗と言えるかも知れません。 やはりその国の事情を熟知した自国民の建築家に設計を委ねるべきだったのかも・・・。

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アジアの悲しさは、近代的な都市景観があっても、それが外国からの輸入品だったり、押し付けだったりすることです。東アジア/東南アジアで最初に近代的なビル群が登場したのはシンガポールであり、その後にホンコンが続くわけですが、それらは全て英国様式です。英国人の体格に合わせた部屋の寸法、そして高温多湿の気候には合わない建築構造です。 アジアの気候を考慮し、換気や風通しに配慮したシンガポール独自の建築に切り替わっていくのは、第二次大戦後、独立してさらに年月を経てからですが、実はまだ切り替わったとは言えません。まだまだです。

日本以外のアジアの国々が本当の先進国になるのは、自国の気候風土、生活様式、インフラ整備状況に合わせた、都市や建築を作り、その国らしさを醸し出した時点です。 北京首都空港は、いろいろな意味で中国を代表するものではありません。

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しかし、冒頭に挙げた電球の寿命の問題は急速に過去のものになりつつあります。首都空港のターミナルビルでは電球交換を容易にする方法を考えるよりも、白熱灯からLEDに交換する方が早そうです。

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私は、2年前の拙稿【 タマやの終わり 】で、2年以内に白熱灯はLED電球に切り替わると予言しました。 現時点で、普通の白熱電球の生産工場は日本から無くなりましたが、蛍光灯や特殊な電球の生産は続いており、LEDに全部が切り替わったわけではありません。それにLEDが急速に普及した一因が、不幸な原発事故により電力不足が発生したことだとしたら、全く自慢できることではありません。

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しかしそれはともかく、電球寿命の統計的な研究はもはや意味を持たなくなりました。 そして同時に、照明のLED化は、お粗末な電力インフラで電圧変動が避けられない諸国には福音となります。 そのあたりを論文にまとめてみようかな?でもそんな研究では、スタンフォード大学は学位をくれないだろうな・・。


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LED照明化に泣く

LEDのあかるさのバラツキはなんとかならないでしょうか
光の直進性もあり、照明に使うとへんな影が出てしまいます。
有機EL照明は影が出ないのですが、これもまた不自然で
by LED照明化に泣く (2012-04-16 23:25) 

笑うオヒョウ

LED照明化に泣く 様 コメントありがとうございます。
返事が遅くなり申し訳ありません。

まだLED電球は品質が安定しないのでしょうか?
それと中国などの外国で生産された規格外品が、LEDという名前だけで
安売りショップで売られていますが、その照度は誰も保証してくれません。
LED照明はまだ過渡的な時期であり、しばらくは混乱が続くのでしょうね。
あと、根本的な問題があります。照明は点光源よりは線光源の方がよく、面光源はさらに良いとされていますが、LEDは点光源です。蛍光管型に、点光源のLEDをまとめているものもありますが、本物とは言えません。
面発光のLEDが登場するのはもっと後になりそうですね。

またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2012-05-01 02:11) 

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