【 電極とニッケルポリナイト 】 [鉄鋼]
【 電極とニッケルポリナイト 】
先日、高速バスの中で古い知人のUさんに出会いました。彼は昔の勤務先の1年先輩で、一緒に海外の学会発表に行った事もあります。 今は某合金鉄メーカーの幹部で、新規事業のスタートアップに余念が無いとの事です。 ではその新規事業とは?と尋ねると、
・・・・・・
親会社の製鉄会社から二次電池材料の開発部門を引きとって自社の開発部門と統合し、新素材の開発・製造を行うプロジェクトだそうです。
「 オヒョウ君、リチウムイオン電池は、電極が鍵ですよ 」とニヤリと笑います。でもあまり企業秘密はあかしてくれません。.
・・・・・・
リチウムイオン電池では電極材料が特に重要・・というのに異論はありません。でもコバルト酸リチウムやマンガンで作る正極材料は、同じ企業グループのチタン製造会社が研究開発を進めているはずです。となると、Uさんが指揮するのは負極材料の開発かな?負極材料は、一般にはカーボンを使います。 そして製鉄屋(特に製鋼屋)には、カーボンは土地勘のある世界です。
・・・・・・
ということは、Uさんの会社が進めているプロジェクトはカーボン電極の製造かな?・・でも少し引っかかります。それだけではあるまい。かつて製鉄所にいた頃、転炉で鉄鉱石を還元して高炉の代わりにする研究をするなど、進取の精神に富んだUさんですから、昔ながらのカーボンの製造ではあきたらないだろうし、日進月歩のハイテクの世界ですから新材料も研究しているに違いない・・。
・・・・・・
実はリチウムイオン電池は、完成した技術でありながら、未解決の問題というか、さらなる開発の要素を多く持つ不思議な技術です。正極に用いるコバルト(コバルト酸リチウム)は高価で、資源が限られます。マンガン系などに置き換えたいのですが、性能が劣ります。
・・・・・・
負極の方は、カーボンよりもスズのアモルファスの方が優れ、シリコンを使用した電極も開発されているはず・・・。(更に新しいものではチタン酸リチウム(LTO)というのもあります)。しかし、シリコン電極の場合、充放電時の体積膨張と収縮の繰り返しとその応力の為にすぐにボロボロになって使えなくなると聞いていました。
・・・・・・
多分、シリコン系の新材料も研究しているのだろうけれど、もともと普通鋼とステンレス鋼の製鋼屋であるUさんにどんな秘策があるのかな?・・・と思いながら、別れてバスを降りました。
・・・・・・
その後、間もなくインターネットでシリコン電極の性能と寿命を飛躍的に伸ばす技術が開発された事を知りました。
その方法とは、シリコンにNi-Pメッキを施して、弾性を確保し、強靭にして電極寿命を延ばすというものです。
・・・・・・
その瞬間30年前の記憶がフラッシュバックしました。
「 ああ、これは製鋼屋の世界だ 」
・・・・・・
その昔、オヒョウが鋼の連続鋳造を勉強していた頃、職場の上司・先輩達は、連続鋳造鋳型用に新材料を開発しておられました。連続鋳造の鋳型は、千数百度の高温の溶鋼を冷やして瞬時に凝固殻を作るのですから猛烈な抜熱量が必要になります。当然水冷鋳型となり、材料には熱伝導率が高い銅を使う事になります。しかし、純銅(正確には銀入リン脱酸銅)は柔らかくてすぐ摩耗する上に、銅が凝固直後の鋼の表面に噛み込むと、鋼表面に大きな割れが発生してしまいます。
・・・・・・
そこで、鋳型表面にメッキをします。硬質クロムめっきが適当ですが、クロムと銅では熱膨張率が異なります。高温の溶鋼を鋳型に入れた瞬間の熱衝撃で、メッキ剥離が起こってしまいます。 そこで、銅とクロムの間にニッケルメッキの層を設けて、緩衝材にします。ただのニッケルメッキではなく、ニッケルとリンの化合物を用いるニッケルポリナイトメッキです。 その3層の複合メッキの開発でモールド寿命は飛躍的に延び、生産性は上がり、コストは下がり、品質はよくなる・・・という成果が得られました。たしかこの発明は通産大臣賞(当時)を受賞したとの事です。
・・・・・・
「 どうして、ニッケルにリンを混ぜてメッキするのですか?」とオヒョウが尋ねると 「 Ni3Pの金属間化合物ができて、メッキの密着性がよくなり、かつメッキ膜の弾性も増すので、緩衝材として最適 」との事です。 後で理解したのですが、ニッケルとPの合金メッキ(無電解析出法)はメッキの世界では確立した技術だそうです。しかし、それをクロム層と銅の層の緩衝材として用いる発想は、画期的だったのだそうです。
・・・・・・
勿論、T大卒の製鋼屋であったUさんは、その事を知っています。すると、かつての製鋼屋は昔の技術を応用して、ハイテクの新技術を開発しようとしているのかも知れない。まさに温故知新の世界だな・・。
・・・・・・
リチウムイオン電池のシリコン系の負極材料だけではありません。電池の世界には、体積膨張と収縮の繰り返しで劣化していく材料が他にもあります。 例えばニッケル水素電池の性能劣化の主因はそれです。
・・・・・・
そう言えば、Uさんの上司であるTさんは鋼の連続鋳造のパイオニア的存在ですが、Tさんも、「オヒョウ君、ニッケル水素電池の劣化の問題は、技術的に解明されクリアされたよ」と言っておられました。その時は、充放電の範囲を狭く限定し、容量を犠牲にする事で、体積膨張を防ぐのだろうと、勝手に解釈したのですが、ひょっとしたらNi-Pメッキを考えておられたのかも知れない・・・。後知恵のオヒョウですが、Uさんとの会話の後でいろいろと空想は広がります。
・・・・・・
それにしても、30年以上前に開発された製鉄技術が、ハイテク電池の開発に役立つという事があるのでしょうか? 全く違う分野で畑違いの研究者や技術者の知識が役立つという事があるのでしょうか?それがあるのなら、技術立国日本は、暫くの間、先輩の遺産で食いつなぐ事ができます。 しかし将来は甚だ心配です。
・・・・・・
戦後一貫して、世界の先頭にあった日本の製鉄技術は他のハイテク分野にも恩恵をもたらしてきました。でも、もうおしまいかも知れません。いえ、これは技術開発力が衰えたとか、トピックスが枯渇したという事ではなく、新技術を確立しても短時間に他のアジアの国に模倣されてしまう状況になったからです。
・・・・・・
Uさん達が、いかに素晴らしいリチウムイオン電池を開発しても、二年後には、中国製で半分の価格の同じ電池が登場するでしょう。そして、それを買ってしまうであろう、自分をちょっと恥ずかしいと、オヒョウは思います。
コメント 0