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【 Double Nickel その2 】 [ビジネス]

【 Double Nickel その2 】 

佐藤先生が、不当に低く制限速度を抑えた日本の道路を「民を網するもの」と言われたのは、厳しい速度制限が徒にスピード違反者を作り出すだけ・・という意味ですが、もっと大きな問題をも指摘しています。

つまり、役人は、自分の責任が問われないよう、国民の不便などを顧みず、現実と乖離した政策や法令を作り出すという問題です。何か問題があれば、非現実的な法律に違反した人々の方に責任があるという発想です。

しかし、この為に人々はしばしば問題の本質を見失い、解決を遅らせます。 

例えば、危険で整備の遅れた道路があれば、それを整備して安全な道路に改良するのが、本来の対策ですが、事故を無くすだけなら簡単です。

制限速度を20Km/hrにしてしまえばいいのです。でもその結果、利用者は不便を強いられ、本来の対策は後回しになります。 では、何で役人は責任回避に神経質なのかといえば、事故の後に被害者から追求され、訴訟される可能性があるからです。

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過去に発生した東名高速道路での最大の事故は日本坂トンネルでの車両火災事故です。 これはトンネル内で発生した衝突・火災事故に、後続の多くの自動車が巻き込まれて炎上し、犠牲者がでたものです。 被災者は、国(道路公団)の対応に不手際があったとして、訴えたのですが、裁判の結果は、道路公団側に責任はないというものでした。 

大きな事故だが、基本的には単なる交通事故であり、運転者の責任であるという内容です。事故発生直後に、トンネル入り口に進入禁止の信号が点ったのに、それを無視して、多くの自動車が進入して、結果的に燃えてしまった訳で、常識的には運転者の責任ですが、「大きな事故だから」道路公団を訴えたのです。

この事故を鑑定し、原因と責任所在を特定されたのが佐藤武教授ですが、国民の行政に対する行き過ぎた責任追及が、役人の及び腰や責任回避の姿勢に繋がるのではないか・・・と佐藤先生は考えておられた様です。

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では、一般道の速度規制はどうして決まるのか?複数の項目でポイントを付けて、基準となる60Km/hrから引いていくのですが、その基準が曖昧です。 

例えば、集落が道路に面している場合、制限速度は普通40Km/hrです。地理学用語では、街村と路村を走る道路は、40Km/hr制限です。

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街道に面した集落には路村と街村があります。その街道に面する事で生計を立てている集落が街村、街道と生業に直接関係が無い集落が路村ですが、制限速度は、路村か街村かでは決まりません。 道路と建物が接近しているかがポイントになります。 家屋を取り囲む空き地の事を、地理学用語では園囿と言いますが、実は、道路と家屋の間の園囿の有無で60Km/hr40Km/hrか、あるいは中間の50Km/hrかが決まるのです。

また、家屋間の園囿の有無、つまり街道沿いの家屋同士が隣接・密集しているかでも速度制限は変わります。 でもこれはかなりいい加減な判断基準です。敷地内で家を建て替えれば、道路に面していた住居が奥へ引っ込むかも知れませんし、園囿がなくても、その家屋に人が住んでいなければ、制限速度を下げる必要もないと思われます。

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そもそも、個々の道路の制限速度を実際に定める、警察の担当官が園囿などという言葉を知っているか、オヒョウにはちょっと疑問です。路村、街村、園囿などという専門用語は湯川秀樹の父君である京大の小川琢治教授が定めたものですが、歴史地理学の用語です。

彼はそれが自動車の制限速度を決める際に用いられるとは思わなかったでしょう・・。

では外国の場合、制限速度はどうなのか?それは次号でご案内します。


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