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【 Double Nickel その1 】 [ビジネス]

【 Double Nickel その1 】

 田舎の高速道路で、片側一車線の対面交通区間を走っていると、「前方渋滞」の表示が電光掲示板に示され、制限速度が50Km/hrに一挙に落とされました。 

もともと対面交通区間の制限時速は70Km/hrですが、50Km/hrともなると郊外の一般道よりも遅くなります。この理由はよく判ります。即ち渋滞の最後尾に追突しないように、予め速度を下げさせるのが目的でしょう。

・・・・・・・しかし、これは逆に危ないのではないか・・?

制限時速70Km/hrでも、田舎の高速だから、実勢速度(つまり流れの速度)は100Km/hrを超えています。 速度制限の標識があっても、現実に100Km/hrで安定して走れる道路であれば、そのまま走る車が大半です。そこに50Km/hrの制限速度を厳守してブレーキを踏む車があれば、流れを乱して車間距離は無茶苦茶になり、やはり追突の可能性が発生します。普通の高速道路であれば、追い越し車線に迂回して追い越せますが、片側1車線ではそれも不可能です。

無理に制限速度を遅くして、事故を防止しようとしているが、この対応は無思慮と言うべきではないか?

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大体、道路の制限速度を決める根拠は何なのか? 

車を運転する人の多くが一度は感じる疑問をオヒョウは思い出しました。多くの法律は、時代の変化に対応して改正しますが、しばしば対応が遅れて、現実とのズレが生じる場合があります。道路交通法もその一つで、日本のすべての道路に規定されている制限速度も全く時代にあっていません。 

今時、一般道の制限速度が60Km/hrというのは遅すぎます。しかも、実際には、その60Km/hrから、いろいろな条件がついて制限速度は下げられ、普通、都市部は40Km/hrが標準です。障害物が何も無い、田圃の中の国道でも、片側1車線なら50Km/hrが上限です。

 なぜ、そんなに遅いのか・・・?

・・・・・・・表向きの理由は、以下の通りです。法律制定時は、道路の質も悪く(未舗装だったり幅員が狭かったり、歩道がなかったり)、また自動車の性能も悪かったので、控えめの数字が採用された。その後、道路の状態も自動車性能も改良・改善されたが、昔の基準のみなおしが遅れている・・。

・・・・・・・

この説明の半分は本当で、半分は嘘です。低速車に合わせて、制限速度を低く設定するというのは、理屈に合いません。 最初から制限速度は高速車用に設定すればよいのであって、低速の自動車はそれなりに低速で走ればいいだけです。そして高速車は追い越し車線で、それらをパスすればいいのです。最低速度制限以外は、低速車に配慮する必要はありません。 そして、実際に自動車の性能も上がり、道路もよくなっているのに、制限速度は変わっていないのです。

・・・・・・・・・・・

この考え方の根底には、法律を作る側、または行政を執行する側の責任回避の考えがあります。 定めた制限速度内で走行していて事故にあった場合、運手者の特別な瑕疵が証明されなければ、制限速度の値が不適切だったという結論になり、制限速度を設定した側の責任が議論される可能性があるからです。 

走行速度自体が交通事故の主要原因とは限りませんが、多くの事故で、スピードがもっと遅ければ、事故自体が発生しなかったり、被害が軽かったと予想されます。

だから制限速度違反かどうかはともかく、事故の一因に「スピードの出し過ぎ」が挙げられる事は多いのです。 

そうすると、お役人は「責任を追及されない為にどうすればいいか・・・」を考えます。同時に「事故を減らすのにはどうすればいいか・・・」を考えます。

その結論は、制限速度を下げる事です。時速60Km/hrで発生した事故も、時速20Km/hrだったら発生しなかったかも知れません。 

それならば、ひたすら制限速度を低くすれば、いいのです。

実際、首都高速道路はその考えで、速度制限を厳しくしていき、いまは最高速度40Km/hrの区間もあります。もはや高速道路ではありません。でも、制限速度を低くしても、実際にはもっとスピードが出せます。

だから実勢速度は速くなるのですが、それで事故がおこれば、制限速度をオーバーしたドライバーに責任があるという事になり、行政は責任を免れます。そしてスピード違反が常態化すれば、それを取り締まればいいのであり、罰則を強化すればいい・・・という事になります。 

現実に、制限速度と実勢速度の乖離が日本ほど激しい国はありません。

この為、善良な人々が車を運転すれば、どうしても法律違反(スピード違反)を犯さざるをえなくなります。それに実勢速度(流れの速度)で走行していても、事故を起こせば自動的に、制限速度違反で、運転者に非がある事になります。

そんなことでいいのか?

これについて、

「 普通に暮らしていても、罪を犯さざるを得ない状況を作る・・と

  いうのは論語に謂うところの 『民を網するもの』である 」と

指摘されたのは、オヒョウの亡き恩師で交通安全工学の泰斗であった佐藤武教授です。 佐藤先生の考えや、ではアメリカの事情はどうなのか・・については次号で報告します。


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