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【 7%ニッケル鋼 彼らのプロジェクトX 】 [鉄鋼]

【 7%ニッケル鋼 彼らのプロジェクトX 】

 

いささか旧聞ですが、先日、新聞を見ていたら、日本経済新聞社主催の「2013年日経優秀製品・サービス賞」の記事がでており、最優秀賞の日経産業新聞賞を某製鉄会社の「LNGタンク用7%ニッケル鋼板」が受賞したと書かれているのを見つけました。

http://www.nssmc.com/news/20140205_100.html

http://news.livedoor.com/article/detail/8507341/

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写真にはホテルオークラの金屏風の前に、友野社長を挟んでAさんとKさんが立っています。両氏とも私には懐かしいかつての同僚です。 そういえば、Aさんは低温用Ni鋼板の開発を担当していたな・・と思い出し、早速お祝いの電話をしました。

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LNGタンク用などの低温用鋼といえば、反射的に9%Ni]や3.5%Ni]を思い出しますが、高価なニッケルの含有量を少しでも減らしたいと考えた日本の製鉄各社は、大変な努力をしてきました。新日鉄、住金、JFEが競争した訳ですが、大阪ガスの泉北のLNGガスタンク用に旧住金の7%ニッケル鋼板がいち早く採用され、チャンピオンになったのです。

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原発が停止し、一方でCO2排出量も増やせない日本では、これからLNG火力発電に頼る割合が高くなります。 LNG用の超低温に耐えるインフラがどんどん必要になります。しかし、その材料を鋼に頼るなら、高価で希少なニッケルを多用しなければなりません。 極めて地味な技術で、知る人しか知らない話だけれど、ニッケルを節約した新材料の開発は鉄鋼業界の欣快事であるだけでなく、日本国民全体にとって福音なのです。 

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低温での靭性を確保するには、常温でもオーステナイトを残存させる方法が有力ですが、それ以外に結晶組織を微細化する方法も重要です。今回は両方の併用で必要なニッケル量を減らしたのです。

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今年、社長を退く住金出身の友野さんを挟んで、両脇に旧住金の厚板技術者が並ぶ写真を見て、ちょっと感慨にふけります。 やがて旧住金の厚板技術は新日鐵の厚板技術に溶け込んで一体化していきます。 消えていく住金の厚板屋の最後の記念写真に思えたのです。

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早速Aさんに電話してお祝いを言うと「いや、僕らは巡り合わせで、たまたま賞を貰う役回りになった訳で、これは諸先輩達の努力の積み重ねで実現した技術だからね。受賞の名誉は関わった技術者全員のものさ。そこをお忘れなく。特に今回の開発では製鋼技術も大活躍したよ。彼らの貢献度は高い」という返事です。

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言われなくても知っています。 皮相的な記事しか書かない新聞には、結晶粒の微細化は、圧延技術のTMCPが寄与したとだけ書いてあります。TMCPとは、厚鋼板に大量の水をかけて、均一かつ高速に冷却して鋼の結晶組織を制御する技術で、日本の厚板製造技術の自家薬籠中の技術です。TMCPの採用で、日本の厚板は、高価な合金成分の削減に成功し、莫大な利益を社会にもたらしています。

しかし、7%ニッケル鋼の開発にあたってはそれだけではだめで、製鋼技術の役割も大きかったはずです。

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「それで、ニッケル鋼の鋳込みだけれど、いまどきインゴット法でもないし、連続鋳造だろうが、それは強冷却パターンなのかい?」と私。

Aさんは「アハハハ。20世紀じゃあるまいし。まさか。今じゃ弱冷却だよ」。

このアハハハの一言の間に、私は30年前のことを思い出しました。

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40年ほど前、鋼の連続鋳造はまだ新しい技術で試行錯誤の日々でした。その陣頭指揮に立つ、鹿島製鉄所のU部長は、世界の製鉄所を回る視察の出張に出ていました。 その途中、ドイツとフランスの国境近くにある、Dillinger Hüttenwerkeを訪問してUさんは驚きました。 非常に難しいと言われる含ニッケル鋼を連続鋳造でやすやすと鋳造していたのです。 その方法は鋳型直下の全域で、スプレー水を掛け、強冷却を行う方法です。そして完全凝固後に、矯正点を通過してスラブの彎曲をなおす方式です。連続鋳造の鋳型では重力に従って下向きに鋳込まれますが、どこまでも垂直に進める訳にはいきません。途中で鋳片を水平にするための、矯正を行う必要があります。

それが矯正点で、そこで微小な割れが出やすいのです。

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Dillingerは欧州を代表する厚板メーカーでその実力は知られていましたが、強冷却で難しい含ニッケル鋼を作る彼らの技術にU部長は驚きました。

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C]量が0.1%を少し超える成分の鋼は、凝固・降温過程で亜包晶領域を通過し、それはオーステナイト粒界に沿って割れを発生しやすいのです。そしてその鋼は700℃代の領域に脆化域を持ち、その温度域で鋳片が矯正点を通過すると割れる確率は高くなります。

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それを回避するには、極力鋳片を冷やさず、高温側で矯正点を通過する弱冷却方式と鋳込み直下で強冷却し、その後の復熱も抑えて、低温側で矯正点を通過する強冷却方式の2種類があります。 弱冷却は、比較的容易ですが、なかなか無傷の鋳片は得られません。 一方、強冷却は、うまくいけば無傷の鋳片が得られますが、失敗すれば傷だらけの鋳片ができあがってしまいます。

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U部長は、Dillingerを見学して帰国した後、製鋼技術のスタッフに、強冷却で無傷の鋳片を作ることを提案しました。あえて難しい道を選んだのです。 その時、苦労して強冷却パターンを確立したのは、昨年副社長を引退したT常任顧問です。

その後、入社した私は面くらいました。学会などで話を聞くと、厚板スラブの鋳造で強冷却を志向しているのは、鹿島製鉄所だけです。 他の会社の人からは、なかば尊敬の目で見られ、なかば奇異な存在を見る目で、話しかけられました。

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Tさん他、多くの人たちの努力で、難しい亜包晶領域の鋼を強冷却パターンで製造する技術は次第に確立していきました。 それをオヒョウは横で見ていました。

しかし、さすがに含ニッケル鋼は無理です。Dillingerは一体どんな方法で連続鋳造を操業していたのだろうか? と私は思いました。

そろそろ、矯正点を脆化温度域の下側で回避する強冷却方式も限界か・・とも考えました。

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その頃、私は欧州駐在を命じられ、かねてから興味があったDillinger Hüttenwerkeを訪問しました。ちなみにちょっとややこしいのですが、町の名前はDillingen、製鉄所の名前はDillingerです。

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昼食をご馳走になりながら、その昔、Dillinger U部長が見た含ニッケル鋼の強冷却鋳込みが鹿島製鉄所の連続鋳造のバックボーンになったこと、そのためにいろいろと大変な目にあったけれど、お蔭で連鋳技術が大変進歩したことなどを、一気にしゃべりました。 Dillingerの技術者たちは私の話を興味深く聞き、「そのU部長は今どこにいるのか?」と尋ねました。 そして私が「飛行機事故で亡くなりました」と答えると、ショックを受けた様子でした。

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Dillingerは今でも、含ニッケル鋼を強冷却で鋳込んでいます。設備は代替わりし、完全凝固後に大きな1本の矯正ロールでスラブを矯正するユニークな方式ですが、無傷の鋳片を難なく作っています。 日本の製鋼技術者たちは、日本の製鉄技術が一番だと自負していますが、まだまだ外国に学ぶべき点がある・・と私は思いました。

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その後、私は製鉄会社を去り、強冷却で苦労した人々も昇進したり引退したりで現場を離れました。いつか強冷却で含ニッケル鋼を鋳込みたいと思っていた人は、もう誰もいません。 U部長が亡くなってからも何時の間にか30年近くが経ちました。

「そうか。やはり鹿島の連続鋳造は弱冷却に切り替えたのか・・」。

鹿島製鉄所には、もう強冷却パターンで鋳込むことを考える人はいないでしょう。

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住友金属という会社が無くなり、その厚板技術も、新日鉄住金の厚板技術に溶け込んでいくでしょう。 でも私はその前に、何かが終わったような、そんな感覚にとらわれました。


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某ストラテジスト

 合金と炭素がたっぷり入っている鉄鋼が連続鋳造がしにくいので、特殊鋼メーカーは電気製鋼とインゴットメーキングを基本としている。大断面の半連続鋳造プロセスを提案していたがあまりたいしたことは無い結果に陥り、一方2000年代に合金設計を駆使した異次元的鉄鋼材料(SLD-MAGIC;日立金属製)は順調に売り上げを伸ばしている。もちろんインゴットメーキングで量産されているが、裏情報によると競合他社は尽く量産化に失敗しこの鋼種の性能の優位性をあいまいにする戦略を広報部門に命じた。また製造元の会社にソーシャルパッキング、コーティング部門を中心に展開しているが、あがいてもコストパフォーマンスのいい優秀な技術に誰もがなびくのが歴史。
by 某ストラテジスト (2015-12-06 18:35) 

笑うオヒョウ

某ストラテジスト様
コメントありがとうございます。ご指摘の通り、日本の鉄鋼業界ではインゴット法と連続鋳造法(以下CC)が使い分けられ、棲み分けがうまくいっていると考えます。基本的には近代製鉄三大発明(LD転炉、CC、熱間連続圧延)の一つであるCCの方が、歩留まり、品質、エネルギーコスト、納期面で優っており(特にエネルギーに関してはインゴット法の1/6以下と認識します)可能な限り、CC化したいというのが経営判断かと思います。
純技術的にCCで対応不可とされる鋼は、ホーロー用などのリムド鋼の一部、極厚大単重の厚板の一部に限られ、高合金鋼も多くはCC化されました。今回議論しました9%Ni鋼や7%Ni鋼も当然、CCで製造しており、インゴットに戻る可能性はありません。
(無論、非鉄であるTiやアモルファス材料などは別です)。
今もなおインゴット法が残るのは、技術的な制約ではなく、多品種小ロット等の事情でCC化が不適なものが主であると認識します。
日立金属の場合、非鉄金属ではCC化できないものもありますが、鋼でCC化しないとすれば、小ロットが理由かと思います。凝固に関する技術的理由ではないでしょう。
CCかインゴットかの経営判断は、それなりに難しく、CC化できる製品を敢えてインゴット法で製造する工場を建設し、経営破綻に至った会社が現実にあります(当ブログでは言及しませんが)。私は製鋼技術の周辺に暮らす者として、CC化の議論が完全に技術論から離れることを目指しています。
またのコメントをお待ちします。

by 笑うオヒョウ (2015-12-08 08:20) 

低フリクション

 今や時代はCCSCモデル。
by 低フリクション (2016-10-01 19:00) 

笑うオヒョウ

低フリクション様 コメントありがとうございます。
確かに連続鋳造の世界も日進月歩ですね。
私が現場にいたころは、SCはなかなか実現しない技術でしたが、
今は一部で成功していますね。
7%NI鋼はなかなか難しいと思いますが。

またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2016-10-02 20:39) 

ダイヤモンド理論最強


 やっぱり産業機械の国の競争優位性は境界潤滑をどう制御するかにかかっていて
ドイツ車のダウンサイジングの嵐も、結局ピストンピンにDLCだった。しかしこれは違う。潤滑システムを見直せと言っている。自分の担当の部品だけに固執して表面硬度
をガンガン上げて、相手材を破壊したり、循環システム全体にナノダイヤをまき散らすのは良くないといっているのだ。つまりドイツ方式の部分最適化ではなく全体でドイツを上回るエンジンを作れる展望を示しているのだと思う。
by ダイヤモンド理論最強 (2017-03-20 15:08) 

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