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【 England as she is 】 [イギリス]

【 England as she is

 

直訳すれば、「あるがままのイングランド」とでも言いましょうか。 この薄い本が、私が高校2年の時の英語の副読本でした。Joseph Conradの詩なども掲載され、高校生にはかなり難解な英文でしたが、英国とは何か?を雑駁に理解するには好適な教科書でした。

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その中に英国の教育制度についての解説がありました。日本と違い、早い時期に、実科学校と、大学進学を前提とした普通教育校に分かれる件、そして日本よりずっと数が少ない大学についての説明もありました。

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大学は全国で30数校しかありません(当時:1970年代)。そしてその大学もオックスフォードとケンブリッジという名門2大学と、それ以外の駅弁大学に分かれる・・と書いてあります。 ははぁ、この本の著者はオックスフォードかケンブリッジの卒業生だな・・とそれを読みながら私は思いました。

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その20年後に、実際に英国で暮らしてみると、事情はかなり変わっていました。

大学の数はもっと多くなっており、大学進学率も高くなり、普通教育校に通う生徒もずっと多くなっていました。そしてオックスフォードとケンブリッジ以外の大学も素晴らしい研究をしており、私が尊敬する研究者も多くいました。駅弁大学と呼ぶなどとんでもないことで、失礼極まりない・・・と反省しました。

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無論、駅弁大学とは大宅壮一の造語で日本語です。英語の先生が翻訳する前の原文では red bricks つまり赤レンガです。 どうして赤レンガなのか・・と言われますと、13世紀に創設されたオックスフォードとケンブリッジは大理石でできているのに対し、19世紀以降に創立されたロンドン大学以降の大学は赤レンガでできているからです。

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あの夏目漱石が学んだロンドン大学もインペリアルカレッジも赤レンガでした。(今は鉄筋コンクリートの校舎が多いのですが)。

実際、ロンドンで暮らしてみると、主だった歴史的な建築はみな大理石でできています。歴史的価値のある建築で赤レンガなのはセントパンクロス駅ぐらいです。

しかし、この大理石の品質が悪いのです。

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地中海に面したギリシャやローマの大理石は真っ白で、かつ堅固で長持ちします。しかし英国の大理石は黄土色っぽく、そして柔らかいのです。柔らかいと切り出して加工する時は楽ですが、早く傷みます。大気汚染にさらされてもすぐにボロボロになります。だから、ロンドンの有名なビッグベンなどは、しばしば補修工事をしています。

オックスフォードのキングスカレッジなども、確かに大理石なのですが、ちょっと黄色っぽく、正直なところあまり美しくはありません。

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では赤レンガはどうか?と言えば、これも私の目にはあまり上等とは言えません。こちらはレンガ積みの技術、レンガ職人の腕がすべてなのですが、いまひとつです。

では最高の赤レンガ建築は何か? と言えば、これは大正時代に完成した東京駅でしょう。

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製鉄所の高炉や転炉のレンガを積むヤマザキ組には、レンガを積む専門の職人集団がいます。その一人、Yさんと話をした時です。 (Yさんと私は、たたら製鉄で、直刀を作る部活動をしていたのです)。

私が東京駅の駅舎の名前を出した途端、Yさんがギョッと驚いた顔をしたのです。

「オヒョウさん、あんた東京駅の丸の内側の駅舎の赤レンガを知っているのかね?」

建築の専門家という訳でもない、普通のレンガ職人であるYさんも、この駅のレンガ積み技術の精巧さを知っていたのです。 いやこの言い方は不適切です。

レンガ職人にとっては常識である、最高傑作を門外漢である私が知っていることの方が意外というべきでしょう。

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日本の赤レンガ建築は明治時代に始まり、大正時代に最高のレベルに達しました。しかし、関東大震災の後、大規模建築は鉄筋コンクリートに移行し、赤レンガ建築は廃れていったのです。だから大正時代にできた東京駅が最高傑作であるのは当然です。

駅舎は、通常のビルに比べて細長く、長距離にわたってレンガを積みます。寸法の狂いは次第に増幅され、端に到達した時点で、上下でレンガの位置が大きくずれるのですが、現存する東京駅の階段部分などは全く狂いがありません。

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その東京駅の駅舎は第二次大戦の空襲で破壊され、長い間応急措置を施した無残な形で放置されていました。 その駅が昨年、辰野金吾設計のオリジナルの形に復元された・・・・と話題になりました。今も東京駅の前を通るとカメラで写真を撮る人、スケッチブックに写生する人など、多くの人が建物を見物しています。

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でもよく見ると、復活した今の東京駅はかなりの部分がオリジナルと違い、まがい物になっています。 古いレンガ積み構造をなるべく残そうとして、戦前のレンガに新しいレンガを継ぎ足す形で、壁の色がまだらになっているのは仕方ありませんが、お客の目につかない、屋根のドーマー部分は、金属板をレンガ色に塗って、レンガ状の格子模様にしてごまかしています。強度上、安全上レンガ造りより金属板構造にした方がよいという判断でしょうが、泉下の辰野金吾は輾転惻惻、眠れないでしょうね。

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そこで気づきます。ああ、そう言えば、ロンドンにも継ぎはぎだらけの赤レンガ建築がたくさんあったな・・・。 ロンドンは東京ほどではありませんが、空襲で破壊されています。

第一次世界大戦では飛行船の空襲を受け、第二次世界大戦ではV2号ミサイルが多くの場所で炸裂しています。 戦後の東京駅のように、見かけは繕っても、中身はオリジナルと違った建物です。 

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ロンドンには、パリのように整然とスカイラインが揃った大通りはなく、雑然とした街並みがあり、そしてヘリテージとすべき大理石の建築と、かなり見劣りのする赤レンガ建築、そして戦後に急増したコンクリート建築が混じり合った街です。 ある意味で、ちょっと東京と似ている・・そう私は思いました。

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今、私が「England as she is」を書くとすれば、「戦後のロンドンは東京にどこか似ている。いたるところに東京駅がある・・」と書きたいのですが、その機会は残念ながらありません。


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