【 9月の風 その5 】
【 9月の風 その5 】
畦町宿を出て、博多駅に到着した私は、お土産を買います。北九州出身の家内は明太子が好きですが、そのブランドにうるさく、あまり販売店の多くないF屋の製品にこだわっているのです。博多駅地下の名店街にそのお店を見つけ、買い求めます。
「冷蔵庫に入れるまでのお時間は?」
「これから鹿島に帰るとして、4時間くらいかな?」
「4時間は少し長いですね。では保冷剤を入れて、保冷パックに入れましょう。午後9時までに冷蔵庫にお入れください」
そして地下鉄に乗り、私は福岡空港に向かいました。
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ギャラリー畦で、博多人形のお土産に買わず、今明太子を買った理由は何か?
それは、手荷物制限の問題でした。
1月ほど前に、社内で出張費を如何に節約するかの議論がありました。
一つの提案は・・最近流行の格安航空を使うことです。
ためしに一回使ってみよう・・・ということになりました。
我々は、旅行を楽しむために、飛行機に乗るのではありません。ある目的のために、もっと言えば、金儲けのために出張するのですから、その手段は安価であるにこした事はありません。
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しかし、取引先との重要な打ち合わせがあって、遅刻が許されない場合や、お客様のアテンドで乗る時に使うには、格安エアラインは使えません。でも一度試してみたい・・。
「では、今度私が九州に行く際に、利用してみましょう」
「しかし、オヒョウさん、国内便で格安エアラインを使ってもあまり効果は無いのでは?やはり国際線で試してみないと・・」
「しかし、海外出張で、遅延や欠航が許される出張は当面ありませんね。だから試しに国内線で・・」
「でも格安エアラインって、不合理よね。お客の持ち込む荷物の大きさと重さには、厳しい制限があるのに、お客の体重や体格は気にしないのよね・・」と、ある女子社員は極度に肥満した私のお腹を見ながら笑います。
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実は、私が博多人形を買わなかったのは、予め申告した荷物の制限を超えると厳しいペナルティがあったからなのです。格安エアライン(格安航空)ならではの事情です。
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もう一つ、私には懸念がありました。実は北九州への出張には新北九州空港の方が便利です。 そこに飛ぶ、S航空は、地元財界肝いりで設立された会社で、訪問先のS金属もN製鉄も株主です。 多分、両社の社員の出張にはなるべくS航空を使うよう指導されているはずです。或いは株主優待券を使っているかも。
「オヒョウ君、来るのだったら、S航空で来給えよ」と言われたのを無視すべきか・・?
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まあ、ものは試しですから・・という事で、成田=福岡間は、初めて格安航空J社の飛行機で往復することにしました。
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横に長い福岡空港のターミナルビルの端っこにJ社の受付カウンターはあります。飛行機が停まるのは、ターミナルビルから遠く離れたヘリコプター格納庫の手前で、そこまでは雨が降ろうと、台風だろうと外を歩いて行きます。(台風の時は飛ばないでしょうが)。しかし、今日はいい天気です。
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出発時刻まで余裕があった私は、ターミナルビル2階のロビーで、作りかけだった報告資料の作成と、インターネットでの調べ物に没頭しました。今は福岡空港では全てWiFiが無料で使えます。便利になったものです。昔は有料のラウンジでなければLANは使えませんでした。 調べ物を終え、報告書を送信し、最後に着信メールをチェックします。ざっと並んだメールの最後にJ社からのメールがあります。
「お客様が予約されました便はキャンセルになりました。あしからず」
ええっ?これはどういう事だ。 私はすぐにパソコンを畳むと、階下に駆け下りました。
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粗末なJ社のカウンターの前には、既に数十人が搭乗手続きのために並んでいました。 カウンターの内側は真っ暗で誰もいません。よく見れば、「スケジュール変更」の貼り紙が掲示されています。 思わず、私は叫びました。
「皆さん、この便はキャンセルされたとのメールが入りましたよ」
一斉にどよめきが起こり、めいめいが携帯電話やスマホを取り出してメールをチェックしだしました。 そうか・・パソコンでメールを確認するのは昭和人の私だけか?
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「貼り紙にはスケジュール変更とだけ書いてあるぞ」
「インターネットにも遅延発生としか書いてないぞ」
「いや、着信メールでは欠航となっているぞ」
「いったい何が正しいのだ?」
ざわめきは広がりますが、カウンターの中には誰もいません。
私は家内に電話しました。
「うーん。確かにインターネットでは遅延になっているけれど、これはきっと欠航になるわよ。30分以上遅れて、それが成田の到着時刻にスライドされたら、夜11時の成田空港の門限時刻にひっかかるもの」というのが家内の意見です。
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どれくらい時間がたったでしょうか?既に出発時刻を過ぎた頃、2階から2人の女性がおりてきて、紙を配り始めました。その紙には以下の事が記載されていました。
・本日の最終便は欠航となった。
・航空運賃は返却するので所定の手続きをして欲しい。
・後日、利用可能な8000円分のクーポンを申請可能とする。
・福岡に居住しない利用者には12000円を超えない範囲で宿泊費を支払うので
領収証をFAXして欲しい。
・空港と市内の往復には公共交通機関を使用して欲しい。
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私には、複数の疑問がわきました。
カウンターで私の番になった時、質問をしました。
「事情は理解した。宿泊できるホテルを斡旋して欲しい」
⇒ それは契約約款に基づき、できません。
「では貴社の明日の朝一番のフライトを予約したい」
⇒ すでに160名以上の予約を受けており、それはできません。
「では本日欠航となった理由を教えて欲しい」
⇒ 知りませんし、お教えできません。
「ではこの事をブログに書いてよいか?」
彼女の顔は一瞬こわばり、そして「結構です」と答えました。
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その瞬間、列の後ろから罵声が聞こえました。
「うるせいぞ。何ガタガタ訊いてるんだ。安いからってこの飛行機を選んだんだろ。不自由があるのは承知のはずだ。つべこべ文句言わずに紙だけ貰って消え失せろ。こっちは待たされてるんだ」
襟の無いシャツに半ズボン、ビーチサンダルの男です。
普通の航空会社のカウンターではあまり見かけない風体です。
しかし、彼の罵声は、実は問題の本質を鋭く突いています。残念ながら私には反論できません。
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<以下は余談です>
誰も信じませんが、私の専門分野は安全工学です。飛行機がなんらかの事情で遅延したり、欠航するには安全工学上の判断があるはずで、私はそれを知りたかったのです。約款上は航空会社は突然のキャンセルについて説明責任はないようですが、一般常識としては不利益を被る側に説明が無いのは不誠実と言うべきです。
飛行機が欠航となる事態とは・・については、機会を改めて管見を述べます。
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もし圧延工場のラインが何らかのトラブルで停止したとして、翌朝、部長に理由を尋ねられた工場長が「さあ、原因は分かりません」と答えようものなら、即解雇です。
突然の欠航の理由を明らかにしないのは、どうも腑に落ちないな・・。お客様が王様である、日本の商道徳にはなじまない対応だなぁとオヒョウは感じます。
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随分昔ですが、フランスのリヨンからマルセイユへ向かうエールフランスの国内便を待っていたら、突然欠航になりました。 なにやらアナウンスがあった後、ロビーの乗客たちが騒ぎ出しました。 私はフランス語が全く分かりませんでした(今はもっと分かりません)だから、案内してくれていた尊敬するKさんに尋ねると、Kさんは苦笑しながら、
「今ね、機長が腹痛を起こしたから、欠航するとアナウンスしたのですよ。我々は自動的に2時間後の後の便に振り替えられます。でもそんなの嘘っぱちに決まっています。フランスの国内線ではよくあるのですよ。 機長が腹痛を起こすことが・・。あとはブドウ酒でも飲みながら説明しましょう」
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Kさんの説明はこうです。
「国内幹線で複数の便が飛ぶ路線で、搭乗率(予約率)が50%以下の便が続く場合、片方を欠航して、1便にまとめた方が合理的です。基本的に後の便に集約する訳ですが、先の便の予約者は2時間遅れる訳ですから不利益を被ります。乗り継ぎ便に乗れないかも知れません。でも競争相手となる航空会社が無い区間ではよくあるのですよ。理由はなんとでもなりますが、機長の腹痛というのはねぇ。 まあ、我々はマルセイユに着いても、明日フォス製鉄所に行くだけですからね。2時間遅れても実害はありませんからゆっくり待ちましょう」
嘘とはいえ、とにかく理由を説明するエールフランスはまだ誠実と言えます。
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奇妙な話ですが、航空会社は飛行機を飛ばさない方が都合がいい場合があります。
航空運賃は、燃料代など飛行すると必然的にかかる費用(シートマイルコスト)に、着陸料などの公租公課、それに適正利潤などを足して計算されます。しかし、格安運賃はそれで決まる訳ではありません。
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空席が発生した場合、空気を運ぶよりはまし・・という事で、格安でもいいからお客を乗せて、幾らかでも費用を回収しよう・・と考えて、会社は格安料金を設定します。いわゆる限界利益をわりこむ価格設定ですが、もし何らかの手違いで、この格安料金の乗客ばかりが集まってしまえば、大赤字となります。飛行機を飛ばさない方がまし・・ということになります。
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しかも、インターネット社会の到来で、航空運賃を含めて全てのサービス料金は固定価格から変動化し、虚々実々の駆け引きの対象になっています。実は格安航空とはそのギリギリのところでビジネスチャンスを見つけて成立している企業なのです。この流れは、やはりアメリカに始まり、そして欧州で普及し、日本などのアジアに到来したのです。
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私が懸念したのは、純粋に技術的な理由で、かつ最善の努力をしたのに欠航せざるを得なかったのか、それとも別の経営上の判断で欠航を決めたのか?ということです。後者なら利用客に対する背信行為です。 格安航空の場合、約款はキャンセル時の会社側のペナルティは低く設定され、お客にとって不利益な不平等条約になっています。 会社側の定時運行の責務が非常に軽くなっているのです。
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そこで、先ほどの罵声が思い出されます。
「それを承知で、安いから切符を買ったんだろう!」まさにその通りです。
航空券にかぎらず、今の日本の経済は、いや世界経済は全て価格優先で動いています。中国の産業が存在感を増すのは全て労働力が安く、「安かろう、悪かろう」の考え方が、市場で認知されたからです。 私自身、中国製品をお客に説明する際、「日本製に比べて品質は不十分ですが、その分価格が安いですから・・」と言い訳しています。 私の会社にとって最大の顧客である、N製鉄は、本社の購買部門が、品質・性能以前に価格が全て・・という感覚で、購入します。 あまり・・・仕事の事はブログでは言えませんが・・」
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中国の自動車産業が発展する一方、良質な車を少量生産していた欧州の自動車会社は皆経営不振になり、一部は中国企業に身売りしたりしています。世界の全ての産業は低価格化を最優先で志向し、消費者は低価格であることを最重要視するようになりました。市場の大衆化・・というより貧乏人の経済が幅を広げつつあります。
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航空会社の話しに戻します。
かつて、スイス航空は定時運行率の高さを誇りました。
その昔、時刻通りに現れる人を指して、「カントの散歩のようだ」と言いましたが、その後、時間通りであることを「スイス航空のようだ」というようになりました。
しかし、そのスイス航空も一度倒産しました。
定時運行は、安全運行に次いで、輸送業者のサービスの質を語る上で、重要な項目です。鉄道の世界では、日本の国鉄/JRが世界に冠たる高い定時運行率で知られています。
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したがって航空会社が定時運行に拘り、欠航を出さないように努力するのは、当然の行為なのです。しかし、格安であることを言い訳にして、その努力を怠ることが認められるようになれば・・全ての航空会社は、或いはサービス業は崩壊します。
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航空会社のカウンターの前で、私は呆然としながら、上記の事を考えました。
おっと、しかし、こうしてはいられない。すぐに宿を探さなくては・・。
私は走り出しました。
以下、次号
こんばんは。
そんなことになったのです。
お知らせあれば私の家に泊まっていただいたのに。
息子の部屋が空いてます。こんどは電話あれ。
by 夏炉冬扇 (2012-09-30 23:00)
夏炉冬扇様
温かいお言葉ありがとうございます。
なるほど、ご子息の部屋が空いているのですね。
私の鹿嶋の家も、長男が既に家をでており、
1年ちょっと後には次男も家を出ます。
2階の子供部屋が空き室になると、なんだか寂しいような、
一方、親として子供を育てる義務を果たした安堵感のような
不思議な気持ちに駆られるかも知れません。
このあたり、私よりも、軒に巣をつくる燕の方が、毎年実感していることかも
知れませんが・・。
またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2012-10-01 03:53)