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【 函館ドック 】 [映画]

【 函館ドック 】

 

先日、「海炭市叙景」という映画を見て、複雑な思いにかられました。

何とも暗い、救いの少ない情景を描いたもので、暗い気持ちになります。こんなに暗い映画を誰がお金を払って観るのか?と思うほどです。 大人が生きていく哀しみが、全編にわたって澱の様に底に漂っている映画です。しかし、訴えかけるものは大きく、心に何かがズシンと響きます。 この様な作品を書く作家を文学界は大切にしなければいけない・・と思って気付きました。 ああ、原作者の佐藤氏は、文学賞に落選し続けて、自殺してしまったのだ。

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それにしても、不可解なのは、この映画に登場する造船所です。

映画の主人公は、子供の頃、親を造船所の事故で亡くし、学校を出てからは妹と共にその造船所に勤務していたのですが、不況によるリストラで職を失います。

組合は、雇用を守ろうとしますが、組合幹部の裏切りにあって、主人公は馘首されるのです。あてもなく職場を放り出された兄妹は初日の出を見るために函館山に登るのですが・・・。

作品の中では海炭造船となっていますが、海炭市とは函館市のことであり、この造船会社が函館ドックであることは明白です。

こんなマイナスイメージで描かれるのに、どうして撮影協力したのかな?と思います。

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実は、函館ドックが登場する映画がもう一つあります。 かなりヒットした「居酒屋兆治」ですが、この主人公(高倉健)も函館ドックを辞めた人物です。 原作者山口瞳の意向なのか、この映画では高校の名前も造船所の名前も全て実名で登場します。

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地元の名門高校 函館中部高校の野球部のエースだった主人公兆治は造船所に入社します。 やがて人事課長に抜擢されることになり、妻は喜びますが、実はそのポストがリストラの首切り役である事を知る主人公は、迷った挙句、辞表を出して居酒屋を開業します。 その人柄を慕う高校時代の同級生やかつての同僚が常連客となりそれなりに居酒屋は繁盛します。そして、かつて兆治と対立した上司の会社役員が癌になったと聞くと、病院に見舞いに行きます。しかし既に意識はなく、言葉を交わせないままになります・・。

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つまり、この映画では函館ドックは完全な悪者として登場します。(社員の中には善良な人物も何人か登場しますが・・)。 函館を代表する会社とはいえ、どうしてこんな悪いイメージで映画に登場することを認めるのか? はなはだ疑問です。 この2本の映画では、主人公がいずれも不本意な形で函館ドックを辞めた人間なのです。

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考えられるのは、造船所はこんなに良質の社員でも首を切らねばならないほど、経営に窮しているのだよ・・とアピールできることです。

確かに今の日本の造船業界は楽ではありません。

昭和の昔、日本の造船業界は、大手7社とそれに続く中堅造船各社・・という構成になっていましたが、今は、大手も中小も、おしなべて経営が厳しい常態です。

大手各社は、パイの縮小に伴い、合併を繰り返し、いつの間にか、2社になってしまいました。 IHIマリンユナイテッドとユニバーサル造船が経営統合して、大手の造船会社は、三菱重工とそれ以外の連合という形です。

http://mainichi.jp/select/biz/news/20120131k0000m020059000c.html

三菱以外の各社は、造船部門を切り離して合併させ、本体は陸上機械で生き残る作戦のようです。 函館ドックは大手各社の次に来る中堅造船会社の筆頭ですが、経営は楽ではないはずです。新造船需要が減少すれば、船舶の大きさごとに棲み分けができていた秩序が乱れ、大手が、中堅の造船会社の市場に手を出してくるからです。

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昭和30年代に日本経済を牽引した造船業はどこへ行くのか?

私には、その将来を推測できます。かつて造船業が盛んだった米国や英国のその後を見ているからです。

米国も英国も、かつては造船王国でした。 そして、今でもほそぼそと造船業が続いています。具体的には最小限海軍や沿岸警備隊の艦艇は国内の造船所で、国産の鋼材を使って建造します。その為に、最小限度の造船所及び、厚板工場を残します。しかし、それだけで最盛期の造船所の数はまかなえません。

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それ以外でも、沿岸用の小型船舶や漁船は輸入せず、自国で建造するのが一般的ですが、それは中小の造船会社の領分です。 大型船舶を建造する重工業としての造船業界は、厳しい経営状態が続いています。

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多くの造船会社は開店休業状態のドックを抱えて、注文が入るのを待ちます。

高い技術力を持つ造船所は、たまに特殊な技術を要するプロジェクト物件が舞い込むと、技術者を招集して建造開始です。 例えば石油掘削リグというような特殊な建造物です。一方、高い技術力を要しない普通の船・・バルクキャリヤーやタンカーなどは、アジアの造船会社に取られてしまいます。

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技術者は、普段は別の設計の仕事をしていて、必要な時に船舶の設計の仕事に集まれますが、技能者はそうはいきません。 造船では、たくさんの高いレベルをもった溶接工や鍛冶屋(鋼板を曲げたり加工する)が必要ですが、いちど仕事がなくなると、彼らは会社を離れて戻って来ません。 造船所を維持するうえで一番重要でかつ難しいのは、優秀な人材を手放さずに抱えておくことなのです。 米国と英国ではそこがうまくいかず、造船業の衰退に拍車がかかりました。

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実は、今の日本はその瀬戸際なのです。 優秀な技能者が減り、かつ不況でその維持確保が難しくなっているのです。 この状況が続けば、英国、米国の後追いです。

技能オリンピックなどをみると、溶接や金属加工の技能者の数と技能レベルでは、すでに中国や韓国が、日本を追い越しています。

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すべての産業に共通することですが、産業の衰退はまず優秀な人材が集まらなくなることから始まります。学校を優秀な成績で卒業する人達がどの業界を目指すか・・を見れば、かなりのことが分かります。

東京大学の理科Ⅰ類では、昭和50年代に、船舶工学科が「底なし」・・つまり人気が無くて誰でも入れる学科に転落しました。戦後の高度成長期に花形だった産業なのに・・です。

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それにしても、戦後の日本経済を支え、高度成長期の牽引力だった産業の多くが、今の日本で、元気がありません。

 

それについて、次号で考えます。


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