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【 幻の中流 その2 】 [イギリス]

【 幻の中流 その2 】 

昔からの階級意識が根強く残る、欧州の人は、バブル期の日本人より、もっと大人です。庶民の人は庶民のままでいいから、その中で幸せに暮らす方法を考えます。英国の場合、所属する階級で言葉遣いも発音も異なりますが、無理して上品な言葉遣いをして、中流や上流のマネをする人はいません。

例外は、「マイ・フェア・レディ」に登場するイライザですが、これは英国だから喜劇になります。日本だったらシリアスすぎて嫌味になります。

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私が英国にいたころ、サッカー選手のベッカムの人気が絶大でした。しかし彼の発音はお世辞にも上品とは言えず、彼が下層階級の出身であることを如実に示します。 しかし、彼が上流階級出身でなくても、あるいは行儀が悪くても、人々は彼を軽蔑せず、彼の活躍に惜しみない賛辞を送ります。

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かつて、王を弑し、階級をなくしたフランスでも、やはり階級意識は残ります。ド・ゴールを継いだ大統領、ジスカールデスタンは、フランス流の民主主義あるいはフランス風の自由主義を確立した人物ですが、ちょっと上流階級を真似た奇妙なフランス語の発音が不評だったそうです。庶民丸出しのミッテランの方が親近感を持てたのだ・・・と語る人がいます。

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英国でもフランスでも、自分が生まれた階級から無理して上の階級に移ろうとすると、滑稽で冷笑を浴びます。階級にこだわらず、自分の世界の中で活躍する人が賞賛されます。

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ところで、英国にもフランスにも中流階級がいますが、これは日本人の目から見るとかなりお金持ちの部類だと思います。 階級社会がピラミッド構造である以上、中流は下流よりも少ない訳ですが、日本人の目にはかなり上流に映ります。

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産業革命以降、産業界で財をなした人々、貿易で財をなした人々が現れ、封建社会の貴族ではない市民階級が台頭しました。英国の場合、ジェントリと呼ばれた市民階級は、実は経済的には貴族に伍するものでした。ジェントリについては、漫画「英國戀物語エマ」に詳しく書かれていますが、彼らは貴族の出身ではなくでも、暮らし向きは貴族のそれです。庶民とは隔絶していても、ジェントリの人たちは上流とは言えず、つまり中流なのです。

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そこで考えるのは、江戸時代の日本の町人とは、本当の庶民だったのか?ということです。よく時代劇では侍に「そこな町人!」と呼びかけられて庶民が恐縮していますが、町人とは決して下層階級ではありません。士農工商の序列では下かも知れませんが、一定の経済力と教養を持ち、社会的に重要な位置を占めるのが町人でした。農村においては地主や名主、都会においては大きな店舗を構える商人が町人であり、本当の庶民は町人ですらありませんでした。

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そう考えると、大多数の人たちは中流ではありえない・・・と思えてきます。山本夏彦が言うように、一億総中流なんておこがましいではないか・・となってしまうのですが、私はそこでまた別のことを考えます。

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上流か、中流か、下流かを決めるのは、物質的なものではなく、矜持の持ちようだと、人々は言います。それなら上中下の構成比率は、ピラミッド型である必要はなく、釣鐘型であっても、ソロバン玉であっても構わない訳です。豊かな教養と常識を持ち、自分自身のことだけでなく他人や他国のことも思いやれる人々は中流といえるかも知れません。教育レベルの高い日本では、中流が多数派であっても構いません。

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でもそれだけでしょうか?我々が中流の生活を送るには、精神の安定が必要です。今日、米びつの中にお米があり、また明日にも食べるものがある・・という安定があって、人々はサロンの中で教養を語ることができます。

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実は、日本の中流階級はそこに不安があります。現代は、昨日までネクタイをしめて、都心のオフィスに通勤していたビジネスマンが、ある日突然リストラされて、ホームレスになる時代です。そんな事は100年前の大恐慌の時以来です。

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ホームレス問題に詳しい湯浅誠氏はその著書「反貧困」の中で、今の庶民には「ため」が無い・・と語ります。「ため」が無い、つまりわずかな環境の変化で貧困層に転落する人々は中流とは言えません。豊かな教養を持ち、いかに高い精神的矜持を持っていても、「ため」がない・・容易に貧困層に転落する人々は中流ではありえません。

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論語には「恒産なき者恒心なし」とあります。これは守るべき物が無い者は信用できずその忠誠心に期待できない・・という意味ですが、一定以上の物質的安定が無ければ、精神面の安寧もありえないという風にも解釈できます。

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容易に貧困層に転落しうる人々は中流足りえず、そして貧困層が先進国で2番目に多い国では、中流階級が多数派ということはありえません。

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この日本では、麻生、鳩山という具合に日本屈指のお金持ち総理が続きました。管首相は就任時に「自分はサラリーマンの息子であり庶民宰相だ」と強調しましたが、実は彼の父君は大企業の取締役だった人で、本当の庶民とはかなり違います。そして庶民感覚をアピールした管首相ですが、就任後、貧困対策については全くの無策です。大震災のためにそれどころではない・・という事情もありますが、その前も、法人税を引き下げる一方で消費税増税を打ち出すなど、あまり庶民の味方・・とも思えません。

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彼がもし「日本は中流階級が圧倒的に多いから、貧困対策は優先度が低い」と考えているなら、それはもう大富豪の御曹司だった麻生、鳩山以下の見識だと言わざるをえません。


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