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【 結晶世界 その1 】 [鉄鋼]

【 結晶世界 その1 】 

私は短期間、あるガラス会社に勤務した事があります。その会社の技師長は、物静かで無駄口を一切語らない人で何時も穏やかに笑っていました。 かつて東大大学院の糸川研究室でロケットの研究をしていたその人は、技術的センスが抜群な上に、小さな課題でもとことん考えぬいて結論を出すという人で、技術者としても研究者としても、実に尊敬すべき人です。

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ある時、オヒョウが若い技術者に、冗談半分で尋ねました。「ガラスがなぜ透明なのかわかるかい?」これは真面目に質問するというより、相手の機智を試そうという魂胆です。 どういうウィットのある回答がくるか・・・確認したかったのです。その時、となりの技師長が口を開きました。「そういうオヒョウ君はなぜガラスが透明なのか判るかい?」顔はいつもの通り、ニコニコ笑っています。

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答えようとして、オヒョウは回答につまり、凍りつきました。一瞬(0.5秒間くらい)オヒョウは回答を考えましたが、思いついた論理が矛盾に満ちていたからです。

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ガラスはなぜ透明なのか?そしてガラスとは一体何か?

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製鉄所の連鋳工場では、モールドパウダーというものを連続鋳造の溶鋼の上に乗せます。パウダーは溶鋼の熱で溶けてガラス化し、モールドの銅板と鋼片の間の潤滑材になると同時に、空気を溶鋼から遮断して再酸化を防止し、介在物を吸着し、保温材として機能します。これらの機能はガラス状態で発揮され、結晶構造になるとその能力が消滅します。 当然、品質は悪くなり、ブレイクアウトという操業トラブルにもつながります。 

パウダーメーカーはなんとか結晶化せず、ガラスの状態を保つパウダーの開発に腐心しました。

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ガラスは非晶質で結晶との対局にあるものです。

( では結晶とは何か・・という問題は取り敢えず、置きます )。

ガラス状態のモールドパウダーは透明で、下の溶鋼の明るい光を透過します。それが結晶化すると同時に、白濁します。これを失透といい、その結果できる結晶質をクリストバライトと言います。オヒョウはモールドでサンプルを掬いながら、1300℃の透明なガラスを見ていました。そうです。ガラスは透明で、結晶は不透明なのです。

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しかし、そこで素朴にアレっと思う方もいるはずです。天然に産する鉱物で透明なものは皆結晶です。ダイヤモンド、水晶、方解石・・・、鉱石だけではありません。氷だってそうです。

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一方、網目固体を焼成した焼き物は基本的に非晶質で不透明です。なんだか結晶が不透明で非晶質が透明だなんて逆ではないか?

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オヒョウは技師長に、ガラスは非晶質で結晶ではないから透明なのだと答えようとしたのですが、結晶は透明なものという常識にぶつかり、回答をためらったのです。

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私はどもりながら、

「 ガラスは透明であるといいますが、可視光の領域で減衰が少ないだけです。紫外光の領域では多くが吸収され不透明ですし、逆に赤外光の領域では透過率も高い。 だから可視光領域だけをみて、ガラスは透明だとする意見は、あまり意味がない 」

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これは論点をずらし、真正面から回答しない「逃げの台詞」です。技師長は相変わらずニコニコ笑って何も答えませんでした。本当はどうなのか?

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本来透明であるシリカが結晶した場合、無数にある結晶界面で光が反射し、光は透過しません。だから白濁します。しかし結晶粒が巨大化して界面が少なくなれば、透明になります。一方、ガラスの方は非晶質のアモルファスですから、最初から反射する界面がなく光線を透過させます。だから透明なのです。

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しかし、世の中にはガラス以外にも非晶質のものはたくさんあります。それらは全て透明か?と言われれば勿論そうではありません。アモルファス金属は銀色で透明ではありません。

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面白いのは、専門用語です。

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ガラスの世界では、ガラス化して透化する事をvitrificationと言います。逆に結晶化して失透する事をdevitrificationと言います。読者諸兄はご存知かも知れませんが、vitroはラテン語でガラスの事です。結晶化ならcrystallizationではないか?と思いますが、そちらは透明な結晶になる事です。 どちらの用語も透明になる事に主眼を置いた言葉なのです。

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結晶が全くないガラス質か、逆に大きな結晶が存在するクリスタルが透明で、中間の微細な結晶が存在する状態が不透明というのは、面白い事です。 鋼材の強度を上げたり、防錆性能を上げるには、極端に結晶を微細化する方法と逆に単結晶を目指す方法の2種類があります。中途半端はダメという性質は無機材料の透明度の性質と共通するところがあります。

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いや無機材料や金属だけの話ではありません。 人間の思想だって、極端な左翼と極端な右翼の考えには通じる面があるのだそうです。こちらは、中途半端がダメという訳では勿論ありませんが。 以下 次号

 


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広島ピアノ

訪問&コメント、有難う御座います!
by 広島ピアノ (2010-03-03 11:51) 

笑うオヒョウ

広島ピアノ様 ご訪問とコメントをありがとうございます。

実は、私はピアノ様のブログを拝見して、毎回全面的に賛成・・という訳ではありません。 しかし、読んで胸をうたれる事も多くあります。 毎回コメントする訳ではありませんが、これからも強く何かを感じた時にはコメントさせていただきます。
by 笑うオヒョウ (2010-03-04 01:12) 

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