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【 毒薬 その2 】 [中国]

【 毒薬 その2 】

 

私が子供の頃、産業がなりたつための、3要件というものを学びました。すなわち、土地(工場建設用地)、金(設備投資)、人(工場で働く人)の3つが揃わなければ、起業はできないという考えです。土地が要件となるのは、国土が狭く平地が少ない日本固有の事情です。

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広い土地があり、潤沢な労働力がある中国では、資金さえあれば、第二次産業はすぐにでも発展し、世界の工場になれるのに・・・という時代が、文化大革命以降、しばらくつづきました。その後、改革開放経済のもと、一定の資金力ができると、中国の製造業は爆発的に成長し、実際に世界の工場になりました。

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しかし、そこに新たな問題がでてきました。経済の成長に必要なのは、お金と人だけでなく、技術革新や新技術も必須だ・・・という意見です。たとえ成熟した市場でも、世界が様変わりするような、あるいはゲームチェンジするような革新的技術が登場すれば、その産業は成長する。一方、低い労働コストだけが売り物で、安価に大量生産するだけの産業は、いずれ行き詰まる・・という理論です。

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今年、ノーベル経済学賞を受賞したニューヨーク大学のポール・ローマー教授が、技術水準を高めるための努力が重要で、経済発展には技術水準の向上が不可欠と説明しています。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36247190Z01C18A0I00000/?nf=1

少子高齢化の中で、市場も成熟し、もう昔のような高度成長が望めない・・と諦めたくなる日本経済を鼓舞するような言葉です。 イノベーション(発明や新製品開発)は日本の得意とする分野だったからです。

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一方、中国では逆にイノベーションは苦手で、海外で開発された製品をOEMで製造するか、劣化コピーを作るのが主流でした。しかしその中国も人件費の高騰で価格競争力は失われつつあります。 多くの先進国から知的財産権の侵害を指摘・非難され、世界の工場である中国の重商主義も行き詰まりが見えてきました。ローマー教授の唱える技術水準の向上が不可欠なことは、誰の目にも明らかです。とりわけ、習近平は、中国経済が更に発展するには、自前の技術開発が必要だと痛感しているはずです。

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そんな中、習近平国家主席が東北地方3省(遼寧、吉林、黒竜江)を視察した・・というのは、何か意味がありそうです。東北地方3省は、早くから工業化が進み、文化大革命当時は最大の工業地帯だったところです。北方は工業化が進み、南部は農業主体・・というのは実はかつての米国と似ていますし、イタリアの経済構造とも似ています。

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実は、中国の東北地方で第二次産業(工業)が発展したのは、日本の影響もあります、鞍山の鉄鉱石、撫順の良質な石炭を持つ遼寧省は、鉄鋼産業に適しています。日本は東北地方を満州国にした後、積極的に鉱工業に投資しました。戦後、日本は去りましたが、その産業インフラは残り、文化大革命の時代、東北3省は唯一の工業地帯とも言えました。典型的なのは、長春の自動車産業などです。

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しかし、当時の産業インフラは既に全く老朽化しています。その生産設備の改善には、共産主義国だったソ連の指導を受けていますが、彼らは資本主義諸国ほど効率を重視せず、生産する製品も、あまり魅力的ではなかったのです。

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現在、自由経済を取り込み、成長発展を遂げつつある中国で、東北3省の工業は時代遅れであり、お荷物なのは事実です。最新の生産技術を導入し、ハイテク分野にも注力している華中、華南の産業地域に比べ、東北3省は遅れています。単に設備が老朽化したということではなく、産業自体が低付加価値で重厚長大で時代遅れなのです。

https://www.oricon.co.jp/article/573921/

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米国では五大湖南岸の「錆のベルト」という地帯がそれに該当しますが、ちょうどこれは、トランプ大統領の支持基盤と重なります(どうでもよいことですが)

経済成長の鈍化を憂慮する習近平としては、東北3省の産業構造を切り替え、より近代的で付加価値が高く、環境負荷が低い産業にシフトさせたいところです。しかし、ローテクからハイテク、重厚長大から軽薄短小に切り替えるには、多くの知的財産が必要です。外国から気軽に先端技術を教えてもらえた日々は遠く、産業スパイを活用してノウハウを入手できる日々も過去になりつつあります。

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今回、米国が西側諸国にばらまいた毒薬(poison pill)は、外国の科学技術を利用して荒稼ぎする中国に対する最後通牒かも知れません。今後の行方しだいでは、東北3省のリノベーションにも影響を与えます。だから、特に中国にとっては深刻な問題です。

中国の指導部は、「効率が悪くても、もはや、自前で技術開発をしなければならない」と理解しているはずです。

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実際、中国の科学技術分野での存在感は、年々大きくなっていきます。最近、私は金属凝固の数値解析の権威であるE博士とお話する機会があったのですが、E博士が語るには「雑誌に載る中国人研究者の論文の質と量は、ここ数年著しくアップしており、鉄鋼や金属の学会での中国の存在感は増すばかりだ。それに引き換え、日本の研究は質・量とも低下しており、日本の存在感は減る一方だ」とのこと。鉄鋼の生産量ではとっくに主導権を握っている中国ですが、金属工学の技術でも、中国が主導権を握る時期が近づいています。

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繰り返しになりますが、教育を受けた多くの人が都会で生活する中国の科学技術開発力を決して侮っては行けません。

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「彼らには模倣しかできない」「中国人の民度の低さでは、自前の技術は持てない」という根拠のない妄言を信じるべきではありません。米国が各国にばら撒く毒薬のお陰で、中国は覚醒しつつあります。

一方、日本は米国の毒薬に気づかず、ライバルとして急速に台頭する中国の存在にも気づいていません。気づいたら、自由貿易は消えてなくなり、世界はブロック経済に移行し、日本の各産業のヘゲモニーが中国に握られていた  というのでは困ります。

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本当に怖い毒とは、それが毒だとは気づかない毒なのです。


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