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【 執務空間 その1 】 [鉄鋼]

【 執務空間 その1 】

 

もう20年ほど前になりますが、当時の私の勤務先(今はもうない会社です)の東京本社が大手町から晴海に引っ越しました。

その際、営業部門の部屋が、ノンテリトリアルオフィスに変わりました。「何ですか?そのノンテリトリアル何とかってのは?」と訊くと、「つまり、皆さんが仕事をする場所をフリーアドレス化するのですよ。部屋の床は既にフリーアクセスフロアになっていますからね」との返事です。

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「頼みますから日本語で説明してください」

「あれぇ?オヒョウ君は英語が得意だったんじゃないですか?」とチクリと棘のある言葉です。

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ご承知の方も多いでしょうが、以下に簡単に解説します。

ノンテリトリアルオフィスというのは、働く人の個人机を無くし、長いテーブル状の机の任意の場所で仕事をするというものです。一人一人は個人用のキャスター付きキャビネット(机の袖の引き出しです)とノートパソコンを与えられ、朝出社したら、ゴロゴロとそのキャビネットと椅子を押して好きなところに持って行って仕事を始めます。従来なら机の引き出しや机上にあった書類はキャビネットの中です。

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逆に電話は、各個人に割り当てられ、当然ながらワイヤレス(当時はPHS)です。同僚への電話を取り次ぐ必要はありません。パソコンは、まだ無線LANWi-Fiが普及する前で、有線のLANでしたが、床のパネルの下をケーブルが通っていて、任意の場所でLANケーブルとAC電源ケーブルが取り出せる仕組みです(それがフリーアクセスフロア)。

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ノンテリトリアルオフィスの発想とそのメリットは、

1. 業務をする場所は、その内容と一緒に仕事をする相手に応じて、自在に変えられるべきだ。営業と技術、営業補佐等、パートナーと隣り合わせで仕事をすれば、効率が上がる。だから場所は自由の方がいい。

2. 個人が占有する空間がなくなれば、整理整頓が進む。また私物を置いたりして公私混同することもなくなる。

3. 人事異動やフォーメーション変更の際の引っ越し作業が簡単になる。

というものです。

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しかし、不思議な事に、長テーブルの形をした机の面積は人数分の半分しかありませんでした。社員が全員着席して事務仕事をしようとすると場所が足りなかったのです。その理由も幾つかあります。

1. 営業は本来お客様回りが主な業務であり、本社の事務所にいる時間は少ないはずだ。常時、スタッフの半分以上が、外出しているのなら、執務空間は半分あればいい。不在のスタッフの空いている机はもったいないから合理化する。

2. むしろ、営業はどんどん外へ行くべきで、事務所に居ることは勧められない。

というものです。

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そう言えば、聞こえはいいのですが、会社側の本当の意図を勘繰る人もいました。

・本当の目的は家賃の高い新築の本社ビルで、少しでも空間を少なくしたいのだよ。

・営業が事務所にいる時間は、稼いでいないのだから、皆が外回りに出るように、わざと事務所の居心地を悪くしているのだよ。

・ぎゅうぎゅう詰めのオフィスを体験させて、いかに人材が余っているかを納得してもらい、退職を促すというかリストラ促進効果を狙っているのさ。

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どうも、ネガティブな勘繰りばかりですが、当時、会社の業績は悪化し、せっかく新築の近代的なビルに引っ越しても、おめでたい雰囲気ではありませんし、実際、会社は大リストラを断行していました。

もっと言えば、それまで東京本社があったO手センタービルは当時最も家賃の高いオフィスビルでした。不敬なことにトイレで用を足しながら、皇居を眺め降ろす場所にあり、ライバル会社である日本鋼管(こちらもすでにありません)と同じ通りにありました。

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便利ではあるけれど、高い家賃、リストラを待つダブついたホワイトカラー達で、本社経費はなかなか減りません。爪に火を点す合理化を進めている製造現場からの怨嗟の声に対する回答が、ノンテリトリアルオフィスだったのです。

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しかし、私にはどうにも理解できませんでした。新しくなるのに、かえって居心地が悪くなるオフィスというのはありうるのだろうか?

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ここでちょっと飛躍しますが、事務所から工場に話を転じます。

産業心理学では有名な話ですが、「ホーソンプラントでの実験」という報告があります。

これは作業環境を快適にすれば、労働生産性も向上するという理論で、例えばBGMを流せば、生産性が向上したという実験結果があります。

この理論を元に、昭和の一時期、工場や事務所でBGMを流すのが流行りました。

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しかしこの報告には反論も多く、いたずらに快適にすれば、作業者がくつろぐだけで生産性は向上しない・・という意見もあります。

空調設備を完備したり、音楽を流すぐらいはいいかも知れませんが、作業場での飲食を認めたり、私物を置くというのは、確かに仕事に臨む緊張感を阻害するものです。

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しかし、生産性向上とは別の次元で、職場環境は改善されるべきだ・・という考えがあります。エアコンは当然ですし、その他も勤労者の権利として職場の改善は主張されるべきというものです。当時、IEの専門家は、これを「工場トイレの水洗化の理屈」と言いました。今ならさしずめ「洗浄便座の導入の理屈」でしょうか? 生産性の向上に寄与しない投資であっても、従業員の福利と社会の趨勢を考えれば行うべき投資だ・・というぐらいの意味です。

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日本では、景気の低迷や円高で、賃金上昇が抑えられ、逆にマイナスだった時代が続きました。賃金を上げることが無理だとしても、それに代わる職場環境の改善は勤労者の要求として自然なことだったのです。

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だから、私は事務所であれ、工場であれ、職場環境はどんどん改善されていくのが時代の流れだと理解していたのに、ノンテリトリアルオフィスは、全く逆行するように思えたのです。もともと、日本のオフィスは狭すぎます。

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私は、「日本の会社の事務所はもっとゆったりとした空間を確保すべきだ。でも本社が行っていることは、それに逆行する」と思いました。しかし、今になって考えると、私のその考えは間違っていたかも知れません。その後、時代はユビキタス化を志向し、情報を扱う業務に関しては、事務所の存在そのものが、意味を失っていったからです。

 

それについては、次号で申し上げます。


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