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【 太陽光と太陽熱 その1 】 [鉄鋼]

【 太陽光と太陽熱 その1 】

 

ひところの太陽光発電のブームは納まりつつありますが、自然エネルギーあるいは再生可能エネルギーの重要度は増すばかりです。昔からの水力発電に加え、低落差水力発電、風力、太陽光、太陽熱、バイオマス火力、地熱、潮汐、波浪、海流など、(アイデアだけは)実に多彩です。さらに将来は人工光合成などの手段も研究されるでしょう。

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規模が小さく不安定な再生可能エネルギーの場合、複数の発電方法を組み合わせて全体として安定した発電システムを構築することが重要です。その中で風力発電と太陽光発電、太陽熱発電は、中核的な位置づけにあると言えます。諸外国では大洋上に大型の風力発電設備を並べたり、砂漠に大型の太陽熱発電所を建設したりしています。

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日本では太陽光発電と太陽熱発電の比較が30年以上前になされ、その結果、太陽光発電を採用し、太陽熱発電は却下されたのですが、どうも私には納得できませんでした。 当時は太陽電池パネルの価格も高く、発電効率も低かったため、採算にのるとは思えなかったからです。現在の太陽光発電の普及状況は、昔の私には想像できませんでした。今、太陽光発電が普及しているのは、行政による補助金のお陰というか、高い売電価格のお陰であり、本当のコストを考えると採算にのってはいません。

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太陽熱発電が却下されたのは、当時の技術が低かったからです。愛媛県で実験したのは集光式で、円形に敷き詰めた反射鏡からタワーの中央部に光を集め、その熱で発電する方式ですが、今ならもっと進んだ技術が使えます。 一枚一枚の反射鏡に太陽の方向を追尾させるヘリオスタット(シーロスタット)の機能も付けられますし、熱媒体には、より高性能な溶融塩類を使用できます。タワー集光方式ではなく、パラボラ型の反射鏡を直列に並べたトレンチ式も実用化されています。

http://www.synchronature.com/Science/Solar.html

熱媒体をタンクに保存すれば、昼間だけでなく夜間も発電可能であり、現在の揚水発電所の機能も持たせることが可能です。

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日本は太陽熱発電をあきらめるのが早すぎたのではないか? そんな気もします。

そして私は太陽熱の利用方法として熱機関による発電以外のことも考えたりします。

太陽熱を利用して高温を得る設備を太陽炉と言いますが、他の方法では得にくい超高温を得られます。理論的には太陽表面の温度6000℃が上限となります。これは熱力学第三法則に基づくもので、熱源の温度を上回る温度は得られない・・という理屈に基づきます。

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実際には6000℃までいかないにしても、一千度以上という高温は何の役に立つのか?利用方法はあるのか?という議論になります。

私が最初に考えるのは、還元が難しいアルカリ金属やアルカリ土類金属の精錬です。これは温度が高いほど有利になります。大昔の弊ブログ【静かの海精錬所】では、月面に太陽炉を設けて、豊富にあるチタン鉱石を精錬するというアイデアを書いたものです。

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オヒョウ以外にも東工大の矢部教授らは、マグネシウムの精錬に太陽光を用いることを考えておられます。 実際には普通の太陽炉で得られる熱エネルギーでは足りず、太陽光でレーザーを励起してより高い温度(2000℃以上)を実現することでマグネシウムを還元してマグネシウムサイクルで、電力を運搬・保管することを提案されています。文献はいろいろありますが、

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0%E6%96%87%E6%98%8E%E8%AB%96-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%9F%A2%E9%83%A8-%E5%AD%9D/dp/4569775616

https://matome.naver.jp/odai/2135127675601222701

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実際、マグネシウムは電力の缶詰で、それを酸化させて発電するマグネシウム電池は一次電池として非常に優れた電池です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E6%B0%97%E9%9B%BB%E6%B1%A0

しかし、その還元精錬が難しいのです。現在使用しているピジョン法では電力を大量に消費します。今、マグネシウムの値段が安いのは、電力の安い中国で製造しているからで、しかも作りすぎて、その市況が下がっているからです。日本国内でマグネシウムを精錬するなら高価なものになります。だからマグネシウム電池は使い捨ての一次電池になってもリサイクルは難しいのです。

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矢部教授は、安価に高温環境(2000℃以上)が確保できれば、マグネシウムは還元され、再び電池となるので、クリーンな太陽エネルギーを使って理想的な電力利用ができると提案されています。マグネシウム電池の応用については東北大学の小濱教授らが研究されています。

http://news.mynavi.jp/news/2012/02/13/055/

鍵となる太陽光レーザーは、東工大だけでなく大阪大学や北海道大学その他の大学で進んでいます。

http://www.ilt.or.jp/pdf/report/2008/houkoku6.pdf

http://www.mgciv.com/blog/economical-solar-pumped-laser.html

普通の太陽炉であれば、熱力学の法則で太陽表面温度6000℃を超えることはできないと申しましたが、レーザーになるとその制約はなくなります。レーザー加熱は、熱力学で言うところの熱機関ではないからです。 さらに言えば、レーザーは量子力学の現象が目に見える典型的な存在であり、古典論の物理学を超越しているのです。

だから、レーザーになったとたん、数千度はおろか数千万度への加熱も(理論的には)可能になり、核融合の手段にもなるのです。

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しかし、熱力学の法則を超越した存在・・というのは機械科出身のオヒョウには何となく、いぶかしく思えます。物理が専門の次男なら別の考えを持つかも知れませんが。

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太陽光レーザーでマグネシウムを還元するというこの提案は非常に魅力的なのですが、冶金学者の中には「そううまいこと行くかな?」と疑問を呈する人もいます。オヒョウが直接うかがったところでは、東工大にも東北大にも否定的な見解を示す教授がおられました。

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精錬は化学反応ですから、単純に温度を上げれば、一方向に反応が進むとは限りません。金属の酸化エネルギーレベルは、エリンガムダイアグラムに示される通り、温度に依存しますが、実際の反応では、酸素をやり取りする相手の元素とのエネルギーレベル差で酸化されるか還元されるが決まります。高温になれば、単体の酸素分子(もしくは酸素原子のプラズマ)が大量に生成する訳ではありません。

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実際、太陽光レーザーで酸化マグネシウムが還元される率は時間をかけても20%程度らしいとのこと。太陽光レーザーを用いたマグネシウムサイクルは簡単ではありません。それでも私の理解では素晴らしい成果ですし、実用に堪える水準に近付いていると思いますが・・。

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太陽光レーザーの問題はさておき、私はレーザーを用いない古典的な太陽炉でも多くのことができるのではないか?と考えます。

 

私は太陽熱利用について、まだ研究すべきことが多くあると思うのです。

 

それについては次号で・・。


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【 モンゴルのウィンドファームとスマートグリッドと日本 その2 】 [雑学]

【 モンゴルのウィンドファームとスマートグリッドと日本 その2 】

 

前回、孫氏のモンゴルからの送電線敷設のプロジェクトを、中国=北朝鮮=韓国ルートと勝手に解釈しましたが、それは誤りだったかも知れません。

インターネット上には、モンゴル=シベリア・ロシア=サハリン(樺太)経由での電力輸送を前提に議論されています。孫正義氏もロシアのプーチン大統領の友達になろうと必死です。確かに朝鮮半島を経由しない方が政治的問題はなさそうです。

でもシベリア、サハリン、北海道の間に電力の大消費地やグリッド化の対象となる人口稠密地域はありません。スーパー・スマートグリッドの効果が出せるのか不明です。

それはともかく、思い出すのは大昔の漫画です。

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朝日新聞に連載した4コマ漫画のフジ三太郎で、昭和40年代の作品に、こんな作品があります。著作権の関係で原紙はだせませんが、ロシア(当時はソ連)を大きなシロクマにみたて、その尻尾が樺太(サハリン)で、その下に北海道が繋がっている絵を出して、主人公の三太郎が「気に食わん」とつぶやいている図です。日本がソ連の尻尾の先っぼにぶら下がっている構図が良くないというもので、当時ソ連を礼賛することに余念がなかった朝日新聞の漫画とは思えない内容でした。

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これは、当時の社会党などが提案した、シベリアから電力を輸入して日本の電力不足を解消しようというアイデアについての漫画です。当時、日本は高度成長下で電力需要が増大し、一方シベリアでは安価な水力発電の電力が余っていたのです。旧ソ連は50Hzでしたからそのまま、東日本で使用できます。 直流の高電圧送電も超電導も無かった時代ですが、同じことを考えていた人がいるようです。

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しかし、その案は実現しませんでした。間宮海峡や宗谷海峡の海底に大電流の送電線を通す技術の問題もあったでしょうが、最大の問題は東西冷戦のさなか、東側から電力供給を受けるということが非現実的とされたのです。

では電力の売買が盛んな大陸諸国の場合、エネルギーを他国に頼って問題ないのでしょうか?

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すぐに思い出すのは、天然ガスのほとんどを、ロシアに頼っている西欧諸国の立場です。

数年前にクリミア半島の領有権をめぐって、ロシアとウクライナが激しく対立し、戦争になった時、ドイツをはじめとした西欧諸国はすべてウクライナを支持する側に立ちました。しかし、ロシアから天然ガスの供給のストップをチラつかされると、すぐにトーンダウンし、何も言わなくなりました。正義よりも天然ガスなのです。私にとっては、ロシアもウクライナももともとソ連であり、領有権争いでどちらが正しいのか分かりません。ウクライナも相当怪しげな国で、ソ連崩壊の時にいろいろなものをチョロまかしました。ロシアはウクライナに相場より非常に安い価格で天然ガスを供給していましたが、さらにその天然ガスを盗んでいたようです。そしてそのパイプラインの先にはドイツなどがあって、ガス供給の面で首根っこを押さえつけられていたのです。

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日本がもし、ロシア経由で電力を輸入することになれば、同じようにロシアに対して何も言えなくなります。日本の左派勢力や孫正義氏にはその方がいいかも知れませんが、ドイツの失敗を見ていた私には、馬鹿げた提案としか言えません。

風力発電設備や高電圧超電導送電線網に、日本が巨額の投資をして、そしてそれをロシアに取られてしまうこともありうるのです。

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そもそも、国際間の電力自由化とは何なのか? カナダと米国の例は参考になりません。私が考えるのは、欧州の例です。ドイツはフランスから大量の電力を輸入しています。

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デンマーク、スェーデン、フィンランド、ノルウェーの北欧4か国はノルドプールという電力の融通システムを築き、うまく運用しています。1990年代に、デンマークのユトランド半島とスカンジナビア半島が、橋で結ばれてから、このシステムは有効に機能しています。 一方、欧州でも英国の電力は自給自足です。だからEU離脱という選択ができたのです。

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エネルギー問題を甘くみてはいけません。EUの前はEC、その前はEECでしたが、その組織は第二次大戦後の欧州で化石燃料を有効かつ平等に供給するための存在でした。その中心国であるドイツは、原子力を嫌い、CO2排出を嫌っていますが、その結果、フランスの原子力発電の電力を大量に買い、そしてロシアから天然ガスを買い、笑いものになっています。

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北欧のノルドプールについても、原子力発電に対する各国の姿勢が異なることや、発電コストの差が問題になっています。決して容易なことではないのです。

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孫正義氏が、「これはモンゴルの風力発電で作ったクリーンな電力です」とPRしても、シベリアで、ロシアの原発で発電された電力にすり替わっているかも知れません。電気に色や香りはありませんから。

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モンゴルだって、ソフトバンクの風力発電所をいつ国有化宣言するか分かったものではありません。そして日本向けの電力価格を一挙に何倍にも引き上げるかも知れません。

そんな馬鹿な・・と思いますが、かつて私達が経験した石油ショックがそうでした。

エネルギー生産国の顔色を常に伺う時代が来るのです。

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さしあたっては、日馬富士が貴ノ岩に暴力をふるった事件について、対応を慎重にすることでしょうね。モンゴルの人々のご機嫌を損ねては大変です。そのあたり、孫正義氏に抜かりはないでしょうが、相撲協会はちょっと心配です。


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【 モンゴルのウィンドファームとスマートグリッドと日本 その1 】 [雑学]

【 モンゴルのウィンドファームとスマートグリッドと日本 その1 】

 

孫正義氏が、モンゴルから電線を引いて電力を日本に供給するプロジェクトをまじめに考えているようです。

https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00399340

最近、米国の電話会社Sprintの処分に困り、ドイッチェテレコムの子会社と合併させようとしたり、疑問符が付く経営判断が続いていますが、これも、少し理解に苦しむプロジェクトです。

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なんでも商社の冷鉄源(つまりスクラップ)担当だった人の意見を取り入れてプロジェクトを開始するようですが、私に言わせれば、何を今更・・と言いたくなります。

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このアイデアとは、モンゴルの広大な平原に20万ヘクタールの土地を確保し、大型の風力発電の鉄塔を並べて、合計700KWトの発電所を建設するというものです。さらに、そこで発電した電力を、送電線を通して日本まで運び、消費者に供給しようという計画です。

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このプロジェクトを、私の拙い知識で判断するなら、技術的には可能。だが地政学的・政治的には論外で不可・・・となります。以下にその考え方を書きます。

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モンゴルは土地代が安く(そもそも社会主義国で、遊牧の民が暮らす国ですから、地価というものがあるのか?)、100年分の使用権を購入するとしてもそう高くはないでしょう。草原で安定した風が吹く場所なら、風力発電には好適でしょう。風力発電は、昼夜を問わず発電しますし、安定した風が得られるかが鍵ですが、それに成功すれば、かなり理想的な発電手段です。(低周波騒音とか、渡り鳥の衝突などの問題はありますが、モンゴルでは問題になりません)。

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ソフトバンクエナジーはモンゴルに合弁会社を設立し、既にモンゴル国内での消費を前提にして、5KWの風力発電を開始しており、そこでノウハウを蓄積した後、日本向けの700KWプロジェクトに着手するのだと思います。

https://www.kankyo-business.jp/news/015800.php

では問題は、モンゴルで発電した電力をどうやって、日本に運ぶか・・・です。

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外国で発電した電力を、電線を介してそのまま日本に運ぶのがいいのか、それとも電気の缶詰と呼ばれるアルミやマグネシウム、チタンといった金属で運ぶのがいいのか?あるいは電池で運ぶのがいいのか? ここは議論が分かれるところです。それについては別稿で考えますが、とりあえずは送電することを考えます。

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普通の送電線を用い、従来の方式で2点間の送電を考えた場合、距離が長くロスが多すぎて話になりません。日本に着いた頃に、どれだけ歩留まりがあるのか?心配です。 新開発の超電導の送電線を活用する方法はありますが、大電流・高電圧(275000V)での超電導送電線の実績は、日本でも数Kmしかありません。 本当にものになるのか?孫氏らが考えたのはスマートグリッドの活用でしょう。今回は特別にスーパースマートグリッドという言い方をしています。 スーパー? スーパーが付くと、何か変わるのでしょうか?

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スマートグリッドという電力網は、発電所への設備投資を最小限にとどめる仕組みで、米国で実用化されていますが、かつてはしばしば、この理論が破綻して大規模停電に見舞われていたのはご承知の通りです。 でもアメリカの広大な大陸を、文字通り網の目状にカバーする電力供給システムにスマートグリッドは向いています。そして送電ロスを最小化する方法でもあります。

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スマートグリッドでは、発電拠点と消費地が離れていても、その電流がそのまま届くのではなく、ネットワーク全体で電力を融通しあうので、距離によるロスを最小限にできると考えられます。日本とモンゴルの間には、中国、北朝鮮、韓国があり、それぞれに送電ネットワークがあり、それを有効活用できれば、ロスが減らせるはずですが、でも地形的にグリッド化が本当に有効かどうか不明です。

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そして中国や北朝鮮、韓国の既存の送電線は当然ながら超電導ではなく、おそらくは旧式の低電圧用のものでしょう。それに、失礼ながら盗電の可能性も高いのです。

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しかし、国境の壁を廃し、新たに送電網を築き、要所要所に超電導の送電線を作れば、それらの問題は全て解決し、高性能なグリッドができます。特に朝鮮半島と日本の間の海底送電ケーブルは、超電導にすべきでしょう。 その場合の問題はコストと政治力です。

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送電方法は直流高電圧となります。交流の場合、長大な送電線は、アースとセットで一つの巨大なコンデンサーを構成します。つまりインピーダンスができる訳で、それが送電ロスとなります。 電流は送電線を流れるが、エネルギーは、その周辺の空間をポインティングベクトルとして流れる・・と考えれば、よく理解できます。 だから直流送電の方が適しています。その直流ですが、昔は、直流で高電圧を作ることはできませんでした。でも今は可能です。 大昔、エジソンが提案し、そして論争で敗北した直流の時代が近づいています。

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大規模風力発電がモンゴルに適していることや、スーパー・スマートグリッドと直流送電や超電導送電技術の発展を考えると、孫氏の野望は決して非現実的ではありません。技術的には可能でしょう。費用面に懸念すべき点はありますが、本質的な問題にはならないでしょう。

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でも本当の問題は、全く別の次元にあります。具体的にはエネルギーの安全保障問題です。

エネルギー供給を外国に頼ることがいかに危険かについて、外国の実例を挙げて、議論しますが、それについては、次号で述べます。


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【 神戸製鋼について思うこと その6 】 [鉄鋼]

【 神戸製鋼について思うこと その6 】

 

神戸製鋼の線材条鋼部門は、JFEが欲しがるでしょう。JFEはJFE条鋼という電炉の子会社を持ちますが、新日鉄住金に比べると非力なのです。 薄板の超ハイテンの存在は新日鉄住金にとって目の上のたんこぶでしたから、新日鉄が欲しがるでしょう。

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問題は建機です。コマツ、日立、住友建機が引き取るか、あるいは中国の会社が買うかも知れません。コベルコ建機は、パワーショベルについては、広島県の沼田の他、中国の四川省成都と浙江省杭州やインドに工場がありますが、成都の工場は狭く老朽化しているうえに、沿海部と離れすぎています。同社は新しい杭州工場へのシフトを急いでいますが、ちょっとバランスが悪い状態です。 日本の建機メーカーは殆ど中国国内に工場を持っていますが、複数を持つのは最大手のコマツだけです。 長い建機不況のトンネルを抜けて、黒字になっていますが、新たな中国工場が必要な状況ではありません。 日本のパワーショベルメーカーにはコベルコの中国の工場の魅力はあまり無いはずです。そうなれば、中国の会社買うかも知れません。白物家電のサンヨーの時のように。

クローラークレーンの工場は兵庫県にありますが、これを引き取るのは日立住友クレーンしかないでしょう。あるいはDemagか、LiebHerrか・・。

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非鉄については若干事情が複雑です。本稿では詳しくは述べませんが、神戸製鋼のアルミを欲しがる会社はたくさんあるでしょう。 チタン事業は新日鉄住金と一緒になるかも知れません。

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最大のポイントはIPP(つまり石炭火力発電を用いた独立の電力卸事業)です。 これは神戸製鋼本体が手放さすに操業を続けるでしょう。 買い手の候補となる関西電力は、原発の再稼働の方に関心があり、石炭火力の発電所を買うことはないでしょう。

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かつて鉄鋼不況で苦しんだ時、神戸製鋼の社長は「鉄はさっぱりだが、発電事業は確実に儲かる。だからこれを推進する」とマスコミに語りました。

これを聞いた時、私は複雑な思いがしました。

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・IPPは完全な装置産業です。超超臨界圧の石炭火力発電所の設備さえ作れば、後は、企業努力は不要で、経営者は眠っていても安定した収入が見込めます。

毎日、七転八倒して苦しみながら製鉄所を運営している鉄鋼から見れば、そんな楽な事業で鉄鋼より儲けが多いというのはどういうことだ?と言いたくなります。

・販売先は関西電力などの電力会社ですが、卸の電力を買って、それでも採算が合うということは、関西電力などの日本の電気代は不当に高いのではないか?電力会社は安価発電のための企業努力をしているのか?と言いたくなります。

・そもそも地球温暖化の観点から、CO2排出量が最も多いとされる石炭火力を推進するということは国策としてどうなのか?もっと安価でCO2を出さない方法(例えば原子力発電など)を模索すべきではないのか?

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実際には、日本の石炭火力発電技術は非常に優れており、中国などの旧式の火力発電と一緒にしてはいけないのですが、CO2が発生するのは避けられません。

そしてIPPこそ救世主のように語る神戸製鋼の社長の記事を読んで、鉄鋼事業が侮辱されたように感じたのはオヒョウだけではないはずです。

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今、記者会見で涙を流している川崎社長は、そのIPP事業を推進して評価された人です。製鉄会社だけれど、高炉に見切りをつけ、神戸製鉄所の高炉の火を消して、跡地に石炭火力発電所を作ることを決めた人です。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO2276663026102017TJ1000/

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171013-00000072-reut-bus_all

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阪神淡路大震災の後、社員や協力会社の人達が不眠不休で復旧させたあの高炉を、お払い箱にした人です。ちょうどその高炉は、不祥事騒動のさなか1031日に火を消しました。 (高炉としてはそこそこ長寿命でしたが)。

http://www.asahi.com/articles/ASKB002YJKBZPLFA00W.html

今の時代、高炉を製鉄所のシンボルとして火を消してはならない・・と考える人は少ないでしょう。しかし鉄鋼事業を儲からないものとして切り捨てようとした川崎社長に同情する人は少ないかも知れません。

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川崎さんには一言申し上げたい。

昔のブログにも書きましたが、人の上に立つリーダーは不用意に涙を流してはいけません。

彼の涙が、部下から情報が上がらなかったという裏切りに対するくやしさの涙なのか、裸の王様だった自分の無能を恥じる慚愧の涙なのか、あるいは会社を窮地に至らしめた後悔の涙なのか、そこは分かりません。

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でもね、今はその涙を流す時ではありません。

前のブログにも書きましたが、鉄鋼メーカーは経営者がよほど愚かでなければ潰れません。神戸製鋼は潰れないでしょうし、ここは頑張って、経営者として自分は愚かではないと証明すべきです。しばらくは神戸製鋼の信用の回復と経営の立て直しに、奮闘すべき時です。

震災直後の社員のように、今度は経営者が不眠不休で頑張らねばなりません。

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川崎のご隠居が言っていましたが、メーカーでは安全と公害防止と品質保証が、最も重要な項目なのに、実際にはおろそかにされます。 それはこの3項目は金を稼がず、力を入れても、会社は儲からないからです。 しかし、それらは、地域社会との約束であり、顧客や社員との契約でもあります。それをないがしろにすれば、今回のように経営にかかわる大問題になります。

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だからこそ中間管理職ではなく、経営トップ自らが旗を振り陣頭指揮をとらなければなりません。

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では何時まで涙を我慢すべきか?それは神戸製鋼が信用を取り戻し、経営が順調になった時まで・・と言いたいところですが、実際には、そうは行きません。

多分、川崎社長は墓場までこの涙を我慢して持っていくべきなのでしょう。

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普通、高炉を廃止した製造所では、高炉のベルを用いた記念碑を作ります。(最近はベルレス高炉も多いので、ベルを使えない場合もありますが)。

神戸製鉄所の跡地にも記念碑はできるでしょうが、その碑文は、川崎さんの後任の社長が書くのでしょう。 多分

 

「神戸製鋼は、この高炉と同時に、さらに多くのものを失い、その被害は阪神淡路大震災のそれを上回るものであったが、今ここに電力卸の発電所として復活した」

 

とでも書くのでしょうかね。


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【 神戸製鋼について思うこと その5 】 [鉄鋼]

【 神戸製鋼について思うこと その5 】

 

以前、大手鉄鋼メーカーの社長と会長を経験されたOさんにお会いしたことがあります。その方の持論では、「日本の高炉メーカーは多すぎる。経産省もそう考えているし、近い将来、鉄鋼メーカーの経営統合はさらに進むだろう。手始めに、日新製鋼は新日鉄住金の子会社になるだろうし、最終的には新日鉄住金とJFEが合併し、他の国で実現している、11社の時代が来るだろう」とのことです。その直後に日新製鋼は新日鉄住金の子会社になり、社長には柳川さんが就任しました。

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オヒョウが、欧州に駐在した1990年代の後半は、欧州で鉄鋼メーカーの合併が急速に進んだ時期です。 かつてティッセン、ヘッシュ、マンネスマン、クルップ他、多数の有力企業が存在したドイツでさえ、瞬く間に大手鉄鋼メーカーはティッセン・クルップの1社に統合されました。

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それでも国際企業に発展した、アルセロール・ミッタルやタタグループに比べれば小規模です。当時、1000万トンクラブと言われ、年間の粗鋼生産量が1000万トンの規模でなければ生き残れないと言われましたが、今は3000万トンクラブの時代です。

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Oさんがおっしゃる通りだと思った訳ですが、では孤高の存在でとどまる神戸製鋼はどうするのだろうか?と私は思いました。

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神戸製鋼は新日鉄や住金(当時)と株式の持ち合いをして、一応新日鉄グループに属し、両者とは緩い付き合いをしていましたが、それなりに独自性を維持していました。

同社には建設機械や非鉄の事業部があり、鉄鋼業界の好況不況の波の影響を受けにくかったことや、規模が小さいために経営統合してしまうと埋没する恐れがあったからと言われています。

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製品構成としては、好不調の波が激しいシームレスパイプは持たず、安定的需要がある自動車薄板や厚板の割合も小さいのです。一方で線材条鋼では独自の地位にあり、自動車薄板でも他の追随を許さない特殊な超ハイテン材を製造します。

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日産にカルロスゴーンが来て、鋼材の調達先を絞り込もうとした時、この超ハイテンがあったため、神戸製鋼を切ることができませんでした。

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Oさんは神戸製鋼については説明されませんでしたが、「企業の経営統合は、何等かのきっかけがあれば、急速に進む」と言われました。 JFEの誕生も新日鉄住金の誕生も、日産のゴーンショックがきっかけとも言えますし、今回の神戸製鋼の不祥事は、同社が独立して生き残ることを断念させるきっかけになるかも知れません。

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唐突ですが、いしかわじゅんの漫画に「そうよ、みんなきっかけを待っているのよ!」と若い女性が叫ぶ場面があり、その意味が分かりませんでした。しかし、暮らしていると、確かにきっかけさえあれば・・・という場面によくでくわします。

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今回の不祥事が同社の損益にどのような影響を与えるかは不明です。足元は鉄鋼事業も建機事業も非鉄事業も好調で、経営は順調です。タカタのような巨額の損失や債務超過という事態は考えにくいところです。倒産の可能性はまずありません。しかし取引先から巨額の賠償を求められる可能性はあり、顧客も相当失うでしょう。

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最も懸念されるのは米国政府の判断で、彼らは悪意が認められる行為に対しては懲罰的な巨額の課徴金を科しますが、それはしばしば企業の存続を危うくします。

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信用収縮という言葉は、普通は金融上の言葉として用いられますが、神戸製鋼の場合は、技術・品質面での信用収縮が急速に進行しています。

同社では取締役・役員級も不正を知り、これを黙認していたことが判明していますから、経営陣の退任は免れません。 経営陣を総入れ替えとなると、他の製鉄会社と合併する方が早そうです。

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そうなると、企業の生体解剖が始まります。大手企業が経営破綻すると、その中の優良な事業部門を、ライバル企業などが引き取って存続させますが、元の会社はバラバラになります。それをオヒョウは、「企業の生体解剖」と呼びます。例えば、新潟鉄工やサンヨーがそうでした。シャープもそうですし、東芝も解剖台の上に既に上がっています。

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神戸製鋼の生体解剖が始まるかどうかは分かりませんが、始まった場合の展開はそれなりに予想できます。

 

それについては次号で申し上げます。


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【 神戸製鋼について思うこと その4 】 [鉄鋼]

【 神戸製鋼について思うこと その4 】

 

20世紀の時代、日本の大企業は終身雇用制でした。その一方で、一度、就職すれば転職することは難しく大冒険でした。 特に大手鉄鋼の会社間では、一つの会社を辞めた人を他の会社が採用するということはタブーでした。 勿論、これは暗黙の了解であり公にはされませんでした。表向きは、憲法で保証された「職業選択の自由」を尊重しましたが、新日鉄を飛び出した技術者が川鉄で仕事をするということは、実際にはありえませんでした。

(ライバル会社に転職することが当たり前の中国や米国では考えられないことです)。この日本のタブーは知的財産権の保護が目的ではなく、単に雇用主と使用人の間の仁義に拠るものです。 文天祥の時代から受け継がれる「君子二君にまみえず」という古典的な発想です。

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無論、鉄鋼業以外の業界に転職することは可能ですが、製鉄所の技術者達にはジレンマがあります。 優秀で、専門分野に打ち込んだ技術者ほど融通が利かず、鉄鋼以外への転職が難しいのです。 むしろ専門知識が浅く、仕事はチャランポランだけど語学や一般教養を多く持つ人の方が転職にあたっては有利です。皮肉なことですが。

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そうなると製鉄所の技術者は、同業他社にも行けず、他の業界への転職もできないわけで、その会社の中で生きていくしかありません。だから、大震災で被害を受けた家族を放置してでも、職場の復旧にいそしみますし、会社の不正を告発することもできなくなるのです。

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先輩達の不正に気づいても、あらがうこともできず、その「空気」に呑まれ、自分も不正を引き継がざるを得ない、特殊な状況が出来上がります。

でも今はインターネットで誰でも情報を発信できる時代です。匿名性の高い情報発信も可能であり、情報の受け手にも情報リテラシーの高い人が揃ってきました。

(気障な言い方ですが、要は情報の真贋を見抜く眼力を備えた人が増えたということ)。

もはや、大組織の中で不正を隠蔽することはできません。神戸製鋼の場合、隠蔽の限界が2017年に訪れたというだけのことです。

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ではJISなどの審査機関は不正を見抜けなかったのか?という素朴な疑問が湧きますが、JICQAなどの審査を請け負う団体に不正を探知する機能を求めるのは無理です。

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ISOの基本思想は、人は間違いと不正をするものだという人間不信の性悪説です。東洋思想の荀子や韓非子に近い思想です。

だから、嘘を暴き、間違いを確認して責任の所在を明らかにすることを重視します。具体的には徹底した記録主義、証拠主義です。 ある製品で欠陥が見つかった場合、誰が何時どこでエラーをしたのか、遡って確認できなければなりません。

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この遡及可能性を担保する証拠主義が、ISOの真骨頂ですが、この証拠主義は換言すれば、現場・現物ではなく書類を重視する思想です。

中身がデタラメで捏造の塊であっても、書類の体裁さえ整っていれば、問題なく合格となります。不正を意図する側にしてみれば、矛盾のない書類を用意すればいいだけなので、赤子の手を捻るようなものです。 審査官や審査員が実際の分析装置の横で分析に立ち会うことはまずありません。

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ビューロクラシーというかお役所仕事の特徴とも言える、書類主義は昔からあります。

話が飛躍しますが、日本航空の123便が御巣鷹山に墜落した時、原因が圧力隔壁の不適切な修理にあったことがすぐに明らかになりました。 修理した当事者のボーイングと日本航空は糾弾されましたが、一方で、でも修理結果に合格判定を出して、耐空証明を発行した運輸省(当時)の責任はどうなのか?という議論もでました。

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それに対する政府の見解は、運輸省は単に書類の不備が無いかを確認するだけで、現場で現物を確認する義務はないので、ミスを発見することはできなかった。だから瑕疵も責任も無い・・というものでした。

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問題を見つけられないただの書類審査なら、そんな審査は無い方がましだ!と強く憤ったのを覚えています。米国のFAANTSBは、日本の運輸省(当時)よりはるかに詳しく、深く、そしてしつこく調べます。日本はダメです。

そしてJISの審査も、ISOの審査も、書類とインタビューだけです。 西欧の性悪説と日本の性善説が合体した結果、全く無意味で形式的な審査が残ったのです。

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では検査官の熱意に期待できるか?と言えば、それは無理です。JICQAなどに所属し、審査業務を代行する人の多くは、鉄鋼メーカーの技術者のOBなのです。つまり狎れ合い(なれあい)です。

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冒頭で終身雇用に触れましたが、実際には組織はピラミッド状を構成しており、一定の年齢に達すれば、多くの人が社外に出ます。その受け皿として審査機関が大きな意味を持ちます。 工場にいた人には、下請けや協力会社等の受け皿が多くあります。研究所の博士はうまくいけば大学の教員になれます。 しかし、間接部門や管理部門にいた技術者には、出向先があまりありません。一方で鉄鋼の知識は豊富です。だから検査機関に出向・移籍するには好適なのですが、その結果、しばしば審査する側とされる側が、かつて同じ職場の先輩と後輩だったりするのです。

そこに、不正を剔抉する機能は期待できません。

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今頃、神戸製鋼の現場でいかに不正が起き易かったかを議論しても、実は無意味です。 既に不正は明らかであり、評論家がコメントする余地はあまりありません。

大震災が発生してから「実はこの地域は何時地震が起きても不思議ではなかった」としたり顔で語る、間抜けな(自称)地震学者みたいなものです。

むしろ語るべきは、これから神戸製鋼がどうなるか、あるいはどうするかです。

 

これについては次号で管見を述べます。


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【 神戸製鋼について思うこと その3 】 [鉄鋼]

【 神戸製鋼について思うこと その3 】

 

日本の鉄鋼業(高炉メーカー)はかなり特殊な世界です。狭い社会で、同業他社というかライバル会社は数社しかありません。鉄鋼や冶金の学科を持つ工科系の大学や総合大学の数も限られ、指定校制などと言わなくても、技術者の出身校はごく少数の大学に限られました。自社にも他社にも大学の研究室の先輩や後輩がたくさんいて仲間意識の強い社会です。

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特に、今の鉄鋼大手の経営者が入社したころ、つまり1980年代は、まだおおらかな雰囲気が残っていました。等質な教育を受け、似通った価値観と専門知識を持った学生達が、鉄鋼各社に分かれて就職しました。就職の競争は激しくなく、大学の研究室では、希望が重なれば、じゃんけんやあみだくじで鉄鋼メーカーを選んだりしました。新日鉄と神戸製鋼の差は大きくありません。

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鉄鋼各社に分かれた後も母校の研究室OBの結びつきはあり、鉄鋼協会や金属学会の学会は、さながら同窓会のようで、情報交換もおおらかでした。

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だから、神戸製鋼だけに特殊な技術者が集まったとは考えられません。どの鉄鋼メーカーも同じです。言葉を換えれば、今回と同じ問題はJFEでも新日鉄住金でも、日新製鋼でも東京製鉄でもTOPYでも起こりうるということです。

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それでもなお、神戸製鋼固有の事情を探ってみます。そうすると、やはり阪神淡路大震災に思い当たります。 鉄鋼大手の中では規模が小さく、財務体質も他社(当時の新日鉄、川鉄、NKK、住金)に比べて見劣りした神戸製鋼ですが、この震災による神戸製鉄所の被害は特別でした。しかし、問題はその後です。

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ガントリークレーンを福山製鉄所から神戸製鉄所へ運ぶといった、敵に塩を贈る逸話もありましたが、とにかく復旧工事は猛スピードで進みました。倒壊した天井クレーンの修理に駆け付けたクレーンメーカーの技術者は寒い屋外で寝袋にくるまりながら、作業に従事しました。神戸製鋼の社員はそれ以上に、一所懸命仕事をしたそうです。その結果、高炉がわずか2.5ヵ月で再火入れされるという奇跡を人々は経験しました。しかし、その後がいただけません。

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神戸製鋼の社長(当時)は、復旧作業に従事した人を讃え、地震発生直後に現場に駆け付け、それ以降、休日はおろか睡眠時間もない不眠不休の作業を行った彼らの働きぶりを美談として語りました。

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しかし、これは本当に美談なのか?

当然ながら社員には、自らが被災者だった人も多くいます。自宅が倒壊して避難所暮らしだった人もいるでしょうし、家族に怪我人や犠牲者がでた人もいるはずです。仮にそれらの災害を免れても、家族はライフラインを絶たれ、食糧にも事欠く日々が続いていたのです。 その家庭を顧みず、会社の為に滅私奉公で働くことが良い事なのか? これでは電通も真っ青のブラック企業ではないか? コンプライアンスはどうなっていたのか?(当時、そんな言葉はありませんでしたが)。

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製鉄所の復旧は、会社の経営上の緊急課題です。大きさにもよりますが、高炉が1日止まれば、損失は数億円に上ります。だから急ぐのは分かります。でも、あの時点の神戸製鋼の状況を考えれば、高炉の復旧が仮に一月遅れても会社が倒産した訳ではありません。 実際、製鉄所では高炉が冷え込んで出銑できなくなるというトラブルがまれにあります。一月間ほど高炉が不調になれば、数十億円の損失がでますが、それで会社が潰れることはありません。製鉄会社が潰れるのは、旧山陽特殊鋼や旧寿製綱、あるいは救済合併された旧住金の例を見る限り、経営者が絶望的に愚かだった場合だけです。くどいようですが、設備トラブルや生産停止で製鉄会社は潰れません。あくまで経営者の能力・資質だけが倒産の理由となります。

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神戸製鉄所の迅速な復旧で得をしたのは、滅私奉公で働いた社員ではなく、経営者と株主(流行りの言い方ではステークホルダー)です。 社長にしてみれば、それらの利益のために、非常事態の家庭を顧みず、働いた社員はいじらしいでしょうが、それは美談ではありません。 そしてそれを肯定したところから、同社の歯車は狂っていったはずです。

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会社の為に他のことを犠牲にする・・という価値観は、大震災のあと、市民権を得て、会社の中の常識になっていきます。 会社ファーストの思想はやがて独善的になり、データの改竄や捏造をしても、それが会社の利益になるのならいいではないか?という、まさに「空気」ができあがります。そして経営者はそれを「良し」とします。

やはり、価値観が倒錯し不正がはびこったのは、「空気」のせいです。

想像の域を出ませんが、その「空気」ができたのは、大震災以降でしょう。

鉄鋼が最初なのか非鉄が最初なのか、これは分かりませんが、神戸製鋼の「空気」を考える必要があります。

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では最近になるまで、内部告発は無かったのか? 不正を正そうとする意見や不正を発見しようとする試みは無かったのか?

それは多分無かったのでしょう。 前述の通り、製鉄所の技術部門の職場とは、等質な教育を受け、仲間意識に強い技術屋が構成する一種のギルド的な世界だったからです。

 

それについては次号で申し上げます。


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【 神戸製鋼について思うこと その2 】 [鉄鋼]

【 神戸製鋼について思うこと その2 】

 

2. 統計学的な手続きを理解しているか?

オヒョウが製鋼工場に配属されてびっくりしたことがあります。300tonの溶鋼の成分を分析するのに、小さな柄杓でサンプルを掬い、小さなカプセルに入れて分析室に送るのです。

「このサンプルの代表性はどうやって保証するのですか?」と尋ねると、先輩の技師は「溶鋼中の溶質元素の拡散速度は非常に速く、成分の均一性は担保されている」と答えました。

実際にはそうでもない・・というのは工場の中で働き始めて理解しました。

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溶鋼の場合はそれでもいいですが、固まった鋼の場合は問題です。一つのロットでも圧延条件、熱処理(焼き入れ焼き戻し)条件等、性能にバラつきが出ます。測定結果に一定のバラつきがあることを前提にして考えます。

そのうえで、母集団との比較で、調査対象のロットの測定値が、バラつきの範囲内で合格とみなすべきか、異常でイレギュラーとみなすべきかを判断するには、F検定などの統計学的な手法が必要となります。

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そのF検定を行うには、判断に必要なサンプル数が必要ですが、膨大なサンプルで機械試験を行うには、お金と時間が必要です。(作業の多くはロボットが行いますから人手はそれほど必要ありません)。

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全ての生産現場では納期短縮や、中間在庫の削減、コスト低減が求められますから、膨大なサンプルで機械試験を行うことは目の敵にされます。そうなると、合理化の一環で、機械試験の回数は減らされます。その過程でデータ改竄や、捏造の誘惑に駆られます。

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もともと、日本の工業製品の品質の高さとは、高精度の作り込みやバラつきの少なさに裏付けられていました。例えば、板の上に、許容誤差プラスマイナス1mmで印を付けよという課題を出したとします。日本の職人なら、その印の位置分布は図-1でした。ドイツの職人なら、図-2です。中国の場合は、多分図-3でしょう(こればオヒョウの想像です)。

 

 発生確率分布.png

バラつきを減らすというのは品質管理の要諦であり、戦後の日本が品質管理手法を現場に持ち込んで以来継続するモノづくりの基本思想です。

その延長上に、3シグマや6シグマという、許容不良率を規定する考え方があります。

しかし、バブル崩壊以降、メーカーのトップの考え方は大きく変化しました。

-1の作り込みは、オーバースペックではないか?不要な精度を確保するためにコストと時間がかかっているのなら、そこを合理化して必要最小限の品質でコストミニマムの製品を作るべきではないか? という意見です。図-2を目指してはどうか?という考えです。

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その結果、日本のメーカーの品質のバラつきは、図-1から、図-2に変化してしまいました。

しかし。ドイツ人はどうか知りませんが、ぴったり図-2の枠に納めることなんてできません。どうしても、図-3になってしまいます。そうすると、かつては無かった許容公差を外れる部分が発生します・・・・。それをどうするか?

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少し前の日産自動車のCMで、矢沢永吉が、「やっちゃえニッサン」とつぶやく場面がありましたが、日産だけではありません。日産も神戸製鋼も東芝もズルをする時には、「やっちゃえ」と心の中でつぶやいたに違いありません。

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神戸製鋼は、図-3のはみ出た部分をごまかし、図-2に見せたのでしょう。

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では、オヒョウが勤務した旧S金属の場合はどうだったか・・・。

私が扱った分野では何重にも規格がありました。

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一番広く、緩い規格はJIS規格です。それに該当しなければ、話になりません。後進国や中進国が製造する無規格の駄物と競争しても価格面で勝ち目は無いからです。

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そのJIS規格の内側に、社内規格があります。住友の製品としてカタログに乗せ、販売するためには、差別化が必要であり、JISよりも厳しい規格になります。

さらに特定の顧客との契約時には、もっと厳しいスペックが要求されることになります。石油パイプライン用材料はAPI規格に準拠することが必須ですし、NACEBPといった条件も付加されます。ほかにも、いろいろな条件が付与されます。

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その段階では、それらの規格を満足する鋼材をつくれる鉄鋼メーカーは世界に数社しかなく、競争というより、お客と一緒に世界最高のものを作ろう!という気概に燃えることになります(少なくともオヒョウはそうでした)。

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そうして受注後に現場で製造する訳ですが、実際の製造時にはバラつきの発生も考えて、もっと狭い範囲で、成分値は目標管理されます。

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しかし、そこは人間のすること・・・。成分外れや機械試験外れは発生します。そこで、製造現場は品質管理担当と協議します。品質管理担当は、成分設計の技術者と相談し、社内管理では外れていても、客先と約束した範囲に入っていれば、そのまま特採として合格扱いにします。客先と約束した範囲を外れていれば、特採は許されず、製品は転用するかスクラップにして、作り直しとなります。ごくまれに、客先が許可した場合は、客先が認めた特採対象としてそのまま出荷されます(外れ幅が小さく、納期が逼迫している場合等)。

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何重にもチェック機構があり、改竄や捏造は、一個人では不可能だったはずです。つまり言葉を換えれば、今回の神戸製鋼の不祥事は、一個人の犯罪ではなく、組織ぐるみだったということです。

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では、JISISOの審査機関は機能しなかったのか?あるいは製鉄所内には内部告発を考えた人はいなかったのか?という問題に突き当たりますが、その辺りは次号で管見を述べたいと思います。

 

以下 次号


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【 神戸製鋼について思うこと その1 】 [鉄鋼]

【 神戸製鋼について思うこと その1 】

 

ご承知の通り、神戸製鋼で製品の品質保証手続きに不正が見つかり、大きな問題になっています。最初はアルミ・銅といった非鉄部門だけでしたが、やがて主力の鉄鋼部門にもスキャンダルは広がり、同社の信用は大きく毀損されました。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22886420Q7A031C1X11000/?n_cid=DSTPCS001

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この問題の背景や原因について、多くの人がいろいろなことを語っています。

曰く、バブル景気の後の、経営の引き締めの過程で、同社は「ものづくり」の根底にある大事なものを見失ったとか、派遣などの非正規社員ばかりを増やし、職人気質の現業社員が引退する時の技術の伝承ができなかったとか・・・。

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でも、私はどれも少し違うように思います。報道では不正が行われたのは40年ほど前からだそうです。問題はもっと根深そうです。では、今回のスキャンダルの原因は何か?あるいは他の鉄鋼メーカーはどうなのか?オヒョウはどう考えるのか?と訊かれると、返答に窮します。

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専門外の事なら、無責任な知ったかぶりを書き散らすオヒョウですが、製鉄所の品質管理問題は私の専門外とは言えません。現時点で情報は限られていますし、無責任なことは書けません。

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それでも敢えて言うなら、今回の問題の根本の原因は「空気」ではないか?と言いたいです。

昭和時代の作家にして、評論家、書店主であった山本七平は「空気の研究」という不思議な本を著しています。彼は日本社会と日本人を客観的に眺めることが得意でしたが、彼によれば、日本の組織が何かを決定する場合は「空気」が非常に重要な役割を果たすというのです。

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戦艦大和を沖縄特攻に向かわせたのも空気だそうです。責任者である誰かが決断して命令したというより、特攻に行かざるをえない雰囲気が海軍にあったため、大和は特攻に出発したようです。

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神戸製鋼の場合も、最初に誰がデータの捏造をしろと命令したのか、あるいはJISISOを欺くよう誰が指示したのか・・を追及してもダメでしょう。誰か特定の個人ではなく、団体として、ぼんやりとした暗黙の了解のうえで不正は始まったのでしょう。

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無論、そこにはいろいろな背景があります。

1. 一流の大企業であること

神戸製鋼には金属材料の権威がたくさんいて、一部の分野では産官学の研究をリードする会社です。鉄鋼便覧の執筆者にも名を連ね、工業規格の作成にも影響を与える研究者が多くいます。場合によっては、ユーザーである機械メーカーよりも、品質問題に詳しい専門家がいます。そうなると、なぜ専門家である我々がJIS規格を遵守しなければならないのか?という疑問が湧きます。そこで、「自分達が判断すれば、それで良いではないか?」という驕りがでます。そこに陥穽があります。

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神戸製鋼の製品の代表である鋼製ワイヤーの場合、(用途によって異なりますが)、例えばエレベーター用途では安全率は5以上が基準です。つまり、エレベーターの定格荷重が200Kgであっても、実際には1000Kg乗せても破断しない・・という設計です。

「それなら、鋼材の性能が多少劣っても事故には至らないではないか」。安全率の設定には、品質のばらつきを補償する意味もありますが「自分達の製品のばらつきは小さいから、そこまで余裕をみる必要はない。どうせ問題は無いのに設計者は慎重に過ぎる」と考えたくなります。しかし、材料屋はあくまで材料屋です。設計に干渉するというか、設計の安全率、即ち設計思想まで勝手に忖度するというのは、倨傲にすぎます。

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日本を代表するメーカーの場合、その驕りに気を付けなくてはなりません。オヒョウの経験を言えば、ある品質問題でトヨタ自動車を訪問したことがあります。どうせ、鉄鋼の専門家はこちらだから・・と高をくくっていたところ・・・、応対してくれたトヨタの技術者は、オヒョウ以上の鉄の専門家でした。大学の専門も鉄鋼材料ということで、製鉄所の技師と同じ土俵で同じレベルで議論できます。あやうく私は恥をかくところでした。

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神戸製鋼の幹部や管理職者に、鋼材(特に高性能の線材条鋼や、薄板の超超ハイテン)について「俺たちが一番詳しいのだから」という慢心があったならば、不正行為の引き金になります。

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しかし、今回の事件にはそれ以上に根深い問題がたくさんあります。神戸製鋼固有の問題もあれば、鉄鋼メーカー全体について言える問題もあります。また戦後の日本のメーカーすべてに共通する問題もあります。

それについては次号で申し上げます。


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