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【 時速350kmの持つ意味 その2 】 [鉄道]

【 時速350kmの持つ意味 その2 】

 

前回、申し上げた通り、高速鉄道は安全面から制限速度のマージンを多めにとっています。在来線の福知山線(宝塚線)のカーブでは、時速数十kmの速度超過で脱線事故が起こりましたが、新幹線はもっと余裕をみて設計しています。 

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そもそも直線が多く、急カーブは少ないとされる中国の鉄道の場合、時速350kmを出してもすぐに脱線する心配はあまりないでしょう。

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でも問題はこれからです。今は線路も新品で、車両も新品、運転する人も保線をする人も緊張して仕事をしています。でも今後、5年、10年経てばどうなるのか?

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日本の新幹線の場合、最初から完璧な鉄道だった訳ではありません。新幹線の安全技術は長い時間を掛けて熟成した技術であると言えます。最初の頃は50Kgレールでしたが、強度不足による折損事故が発生し、60Kgレールに変更すると同時に、ロングレールの溶接方法をテルミット溶接から電気溶接に変更しました。

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また日々の保線作業時間を確保するために、終電から午前6時までは列車を運行しません。夜間については、せっかく設備投資した東海道新幹線だから、夜間も有効活用したいということで、貨物列車を走らせるとか、寝台車を設けて夜行列車を走らせるという考えがありましたが、保線作業優先の観点から全て却下されました。

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中国の高速鉄道の場合、寝台車もあり、夜間も走行します。深夜の時間帯は必ず保線作業にあてるという発想がありません。これは長い間に大きな問題として浮上します。

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機械工学で、ここ2030年の間に急速に進歩した分野に、金属材料の疲労強度の理論があります。破断荷重未満の繰り返し荷重を受ける金属製の機械部品がいつか破壊に至る現象を疲労破壊と言いますが、昔(オヒョウが学校にいた頃)は、不明な点が多くありました。製鉄機械では「雨だれ法」といって、負荷荷重レベル毎に累積値を求めて閾値を設定する方法が用いられました。さらにS/N曲線を用いて寿命を予測する理論が登場し、機械寿命の理論は大きく進展しました。しかし、まだ不完全です。S/N曲線の理論は、演繹法というより帰納法です。いたずらに寿命曲線を外挿して、予測してはいけないのです。確認された範囲を超えた条件下での破壊については分かりません。

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専門外の方には何を言っているのか、分からないかも知れませんが、要は時速300KmOKだったから、時速350Kmでも大丈夫だ・・とは安易に言えないということです。つまり、最高速度を上げるには、十分な量の信頼できるデータが必要だということです。

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日本のJRでは、大量輸送向きで通勤にも便利だった二階建て新幹線を取り止めます。軌道の傷みを調査した結果、重たい新幹線車両は使うべきでない・・と判断したからです。日本の新幹線は誕生後50年経っても、慎重に調査研究を続けています。

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だから車両や軌道の疲労寿命や疲労強度を考えた場合、営業開始後、わずか数年間で時速350Km可能と判断してはいけないのです。

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逆説的ですが、どれだけスピードを出せるかは、どれだけ減速できるか、つまりブレーキの性能にかかっています。日本の場合、海底地震計に大きな揺れを感じたら、瞬時に緊急地震速報が出され、走行中の新幹線には自動的にブレーキがかかります。揺れが到来する前にどこまで減速できるかがカギです。地震国日本の新幹線では地震発生時の安全な停車が至上命題です。新潟中越沖地震でも、東日本大震災でも新幹線の乗客に死傷者はありませんでした。

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中国の高速鉄道の場合、モーターの大出力化で、スピードは出せるでしょうが、ブレーキがどこまで強化されたのか、報道を見る限り、不明です。そして中国も日本と同様に地震国です。中国に緊急地震速報に類するシステムがあるか? あるいはあったとして、今現在中国全土を網羅する高速鉄道網全体をカバーしているのか…不明です。尤も、ブレーキ性能が良すぎて、時速350Kmから急停車されても困ります。だって鉄道の乗客はシートベルトをしないのですから。

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機械系のシステムの良しあしは、完成した時点ではなく、一定期間、使い込んだ後に分かります。高速鉄道の場合、完成時点でなく、長期間運用してからの評価となります。

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俗に機械系の故障発生確率の推移はバスタブ型を描くとされます。

稼働当初は初期故障で多くのトラブルが噴出しますが、それらはすぐに対策が取られて、故障確率は激減します(これはバスタブの垂直の壁に相当します)。

その後、故障の少ない安定期が継続します(バスタブの底の部分です)。

やがて、経年劣化が進行し、老朽化によってじわじわと故障確率が上がっていきます。

(バスタブで背中をもたれかける緩やかな勾配です)。

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設備の寿命延長とは、平らな底の部分をいかに長くし、老朽化による故障確率の増加の到来をどう遅らせるか・・です。新幹線のような重要な社会インフラは、古くなったから交換するという訳にはいきません。(もちろん、車両はどんどん更新しますが、線路はそうはいきません)。寿命延長は、故障率が低い安定期の内に、対応する必要があります。

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日本の新幹線はまさに老化防止技術の塊です。本当なら、原子力発電所も、老化を研究する重要な対象でした。強烈な放射線を浴びた材料組織の劣化は、通常とは異なります。しかし、福島の事故以来、原子力発電所は政争の具になっています。

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脱線しましたが、話を元に戻します。今の中国には古い設備をメンテナンスしながら長期間使い続けるという発想があまりありません。日本であれば、半永久的な設備と言える製鉄機械ですら、短期間で投資した金額が回収でき、多少儲かれば、後は壊れてもいいじゃないか・・という発想で、長期間持たなくてもいいから、その分安く作れ、という発想です。

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高速鉄道や高速道路、超高層ビルまでそういう設計理念だとは思いたくありませんが、もしそうなら、事故の危険性は、時間の経過とともに増大します。バスタブは意外に狭いのです。

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中国の高速鉄道が、日本の新幹線を参考にしても構いません。大事なのはスマートな車体の形状などより、設備保全の考え方、どこにお金と技術を投入して設備を安全に維持するかというノウハウです。そこを日本の新幹線から学んでほしいのですが、これは目に見えないもので、盗むのも学ぶのも難しいものです。だから、中国の高速鉄道は運行開始後、年月が経ってからの方が怖いのです。

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中国の高速鉄道の危険性が増すのは何時頃なのかは、私には分かりません。しかし確実に言えるのは、時速300Kmから時速350Kmに変更することでその時期は早まります。

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しかし、本当に憂うるべき問題は別のところにあります。

 

以下、次号


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