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【 夜光杯(イェゴンペイ) 】 [中国]

【 夜光杯(イェゴンペイ) 】

 

電車通勤をしていたころ、車中で、スマホを使い、NHKのラジル★ラジルの聞き逃し番組を聞いていました。その中に、「カルチャーラジオ 漢詩を読む」があります。テキストを読まずに聞くだけなのですが、頭の中で漢字を探しながら、漢詩を追いかけるのはちょっとした頭の体操になります。

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講師は國學院大學の赤井益久学長で、韻文の解説なのに、情緒的にならず、たんたんと大学の講義のように解説されるのが面白く、電車の中でも思わず聞き入ってしまいます。

また落ち着いた加賀美幸子氏の朗読も大好きです。

その講義の中で、ひとつ引っかかったことがあります。

それは赤井先生が夜光杯について簡単に説明された時です。取り上げたのはあの有名な王翰の「涼州の詞」です。日本人が大好きな「葡萄の美酒、夜光の杯」で始まる詩です。

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葡萄の美酒は分かるけれども、夜光の杯とは何だろう?と最初に読んだ人は不思議に思います。そこで赤井先生は、夜光の杯とは玉の一種で作られた玉杯である・・と解説されました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E5%85%89%E6%9D%AF

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確かに夜光杯は玉杯の一種なのですが、少し引っかかります。中国で言うところの玉とは、宝石というより、貴石または半貴石で、装飾品や食器、杯、彫刻などに使われる材料全体を指しますが、主にヒスイ(実は翡翠にも複数の種類があるのだそうですが)を指します。本物のヒスイは立派な宝石なので、玉と言えない場合もありますが・・。

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しかし、夜光杯はヒスイではありません。実は夜光杯にも複数の種類があり、やや複雑なのですが、私が西安のホテルの土産物店で見たものは乳白色や暗緑色の不透明な地色の中に薄墨というか黒い帯状の模様が広がっているもので、全体的には暗く黒い杯です。決して夜に光を透過して輝くという石ではありません。かなり薄く磨き込んであり、玉をここまで磨くのは大変だろうな・・と思わせる労作でした。

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甘粛省などの西域で生産され、決して光を放つまばゆい存在ではない夜光杯がもてはやされ、人気があるのは、ひとえに王翰の漢詩が日本で人気があるからです。そしてもうひとつ、夜光杯が磁石にくっつくという面白い性質があるからです。ご承知の方も多いでしょうが、気の利いたお店には磁石が置いてあり、杯を寝かせて磁石の方に転がる様を見せます。「何で磁石が必要なの?」と店員が怪訝な顔をする店は偽物の夜光杯を置いている店です。

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ではなぜ磁石にひっつくのか?と言えば、石の中に磁鉄鉱が含まれるからです。磁鉄鉱は砂鉄と同じ黒色の鉄の酸化物です。黒錆とも呼ばれます。化学式ではFe3O4となります。つまりこれはスピネル構造です。スピネル構造とは遷移金属の原子3個に対して酸素原子4個が結合して、M3O4の形をとる結晶構造です。この結晶はしばしば斉一で透明度が高く、そして美しく、コバルトスピネルなどは宝石として扱われています。磁鉄鉱はひたすら暗くて不透明ですが・・・。そしてスピネルは電磁的にはしばしば特異的な性質を示します。

鉄の酸化物の中で、磁鉄鉱は特に磁性が高いのです。

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磁鉄鉱Fe3O4はたたら製鉄の原料にもなりますが、それほど科学的に安定ではありません。500℃以上の酸化性の雰囲気の中に長時間置くと、赤鉄鉱(Fe2O3)になってしまいます。つまり赤錆で、これは美しくなく、そして磁性を持ちません。

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夜光杯の面白いのは、他の結晶の中に、あまり安定でないスピネルが閉じこまれていることです。ヒスイもアルミニウムなどの酸化物および水酸化物ですが、スピネル構造ではありません。ヒスイの中にはスピネルの磁鉄鉱は存在しないでしょう。つまりヒスイは磁石にひっつかない・・というだけのことですが、だから何なの?となります。

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石の外観を見れば、鮮やかな碧色で透明度も高い派手なヒスイの方が、ひたすら暗くて地味な夜光より遥かに貴重に思えます。敦煌あたりの中国人の中にはなぜ夜光杯がここまで日本人の間で珍重されるのか分からない・・という人もいるでしょう。

一方、日本人の中には薄墨を流したような独特の文様に美を見出す人もいるでしょう。

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日本人が夜光杯を好む思想の根底には、中国の玉というものに対する憧れがあるのではないか?と思います。歴史を見ると、日本でも早くからヒスイが採取されています。また水晶も多く取れています。またベリルと総称される、ルビーやサファイヤのような宝石もごくわずかですが産出します。しかし、中国で珍重される玉とは何なのだろうか?夜光とは何なのだろうか? 日本では採取されないものなのだろうか?と思ったかも知れません。

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その疑問は憧れでもあります。矢野勘治作詞の旧制一高の寮歌「嗚呼玉杯に花うけて」では冒頭に「嗚呼玉杯に花うけて、緑酒に月の影宿し」とあります。

おそらく矢野勘治は、王翰の涼州の詞にインスパイアされたのでしょう。

夜光杯の代わりに玉杯、葡萄の美酒の代わりに緑酒としたのです。

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しかし、緑酒とは何か? オヒョウの乏しい知識ではアブサンかメロンリキュールぐらいしか想像できません。昔の一高生はアブサンなんか飲んでいたのかな?一説では、あれには毒があり、強烈に悪酔いするという話だが・・。

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昔の日本人が葡萄の美酒とは何ぞや?と思ったのと同様、現代の私は緑酒とは何か?と考えてしまいます。

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赤井先生が、夜光杯について詳しい説明を省略されたのは、詩の本質とは関係ないと判断されたからでしょう。また夜光杯について語りだすと、切りがないと判断されたのでしょう。

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でも日本と中国で落差のある、夜光杯の評価について、もう少し解説されてもよかったのでは?と思います。 果たして、中国での夜光杯の評価はどうなのか?

これを確認するには、中国の全ての財宝が集められたとも言われる故宮博物館に行くべきです。実際、故宮博物館には素晴らしいヒスイの芸術品がたくさんあるそうです。果たして、故宮博物館に夜光杯はあるのか? それとも夜光杯は卑なるものとして博物館にはないのか?

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残念ながら、私が訪れた北京の故宮博物館にはろくな宝物がありませんでした。宝石や玉、多くの芸術品は台湾の故宮博物館にあるのです。果たして夜光杯は台湾の故宮博物館にはあるのか?

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敦煌の日本人観光客向けの土産物店にある夜光杯ではなく、中国の皇帝も愛でた夜光杯が、もし台湾の故宮博物館にあるのなら、是非見てみたいものです。

 

「いつか、台湾を訪問したいな・・・」赤井先生のラジオの講義を聞きながら、そんなことを考えました。


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