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【 鉄鋼保護貿易と安全保障 その2 】 [鉄鋼]

【 鉄鋼保護貿易と安全保障 その2 】

 

もう20年近以上前ですが、1990年代、当時ペンシルベニア州のアレンタウンの近くにあったベスレヘムスチールの製鉄所を訪問しました。ベスレヘムスチールは2003年に経営破綻し今はありません。一部の工場はアルセロール・ミッタルの所有になっています。

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私はこの老朽化したベスレヘムスチールの工場に非常に興味がありました。当時米国に存在した大手製鉄会社は皆、日本の鉄鋼メーカーと提携して生き残りを図っていました。しかし、ベスレヘムスチールだけは、日本メーカーと組まず、単独で残っていました。それはなぜか?

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その製鉄所の製鋼部長の部屋に入ると、壁に大きな写真が掛けてあります。一目でわかるエセックス級の航空母艦の進水式の写真です。造船所は兄弟会社である、ベスレヘム造船のクインシー造船所のようです。

「この空母はタイコンデロガ(ハンコック)か、ワスプか、あるいはレキシントンか?いずれにしても太平洋戦争では日本と戦い、日本軍に沈められたりひどい目にあった艦だな」

そう思いながら、「この軍艦の鋼材はこの製鉄所で作った厚板ですか?」と尋ねると、

実に不機嫌そうな製鋼部長は、「それはあなたとは関係ないことだ」と無礼な返事です。

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結局、名刺交換もしませんでしたが、その部長にしてみれば、

1. 米国の製鉄会社が苦境に陥っているのは、日本の製鉄会社との競争のせいだ。

2. 米国の造船会社が苦境に陥っているのは、日本の造船会社のせいだ。

  (実は、ベスレヘム造船は、私が訪れる数年前に倒産していました)。

3. 我々が作った空母は、日本軍と戦い、一部は日本軍によって沈められたのだ。

と言いたかったのかも知れません。

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それで全てが分かりました。海軍の艦船用の鋼材は輸入に頼れない。米国独資の会社を残し、そこで製造したいのだ・・・と。

戦艦大和などの大鑑巨砲主義の時代と異なり、今は艦船用の鋼材は、それほど重要視されません。どんなに強力な装甲を備えても、ミサイルが命中すれば穴が開き沈没するからです。それならむしろ装甲を薄くして高速で走れる方が、助かる率が高くなります。

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今、軍事機密と呼べる特殊な高張力鋼は潜水艦用の鋼材ぐらいです。ちなみに日本の潜水艦は、きわめて強靭な高張力鋼を用いており、潜航可能深度も抜群に深いそうですが、全て秘密です。

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潜水艦を除き、艦船用の厚鋼板がありふれた材料になったとしても、やはり自国内で鋼材を作るべきだ・・という安全保障論者は米国にも日本にもいます。

チタン合金、ジュラルミン、アルミリチウム合金等、多くの軍事用途の金属材料が、一般化し、今は民間の商品として売られています。米国のメーカーは次第に競争力を失い、圧倒的に安価な製品を提供するアジアのメーカーにかないません。だから、関税をかけて自国の防衛産業の礎となる素材メーカーを守りたいのだ・・・。トランプの本音はそこでしょう。

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結局、ベスレヘムスチールは倒産し、アルセロール・ミッタルというインド人が経営する多国籍企業の傘下に入りました。すでに米国独資の高炉メーカーは殆どなく、米国単独資本の製鉄会社は軍事用途とは縁の薄い電炉のミニミルばかりです。

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米国の場合、もはや金属材料については、安全保障上の措置を講じて米国企業を存続させるには手遅れです。同盟国である、日本や欧州の企業を活用するしかありません。

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しかし、さらに大きな問題なのは、造船会社です。かつて多くの航空母艦を建造したベスレヘム造船が倒産して既に無いことは、申し上げましたが、残っている企業も厳しい状態にあります。その辺りは次号で申し上げます。


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232条関係も少し進展しましたね。次号を楽しみにお待ちしております。
by お名前(必須) (2018-05-02 23:01) 

笑うオヒョウ

コメントありがとうございます。

国防と造船所の関係について、続編の執筆が遅れており、申し訳ありません。この連休中に掲載しますので、暫時お待ち願います。

またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2018-05-04 11:31) 

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