【 鉄鋼保護貿易と安全保障 その1 】 [鉄鋼]
米国のトランプ大統領が、鉄鋼の輸入に25%、アルミの輸入に10%の関税をかけると息まいています。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM09H18_Z00C17A6MM0000/?n_cid=SPTMG002
この発表を受けて、早速イリノイ州グラナイトシティの製鉄所は高炉と製鋼工場の再稼働を決めました。(ちなみに、グラナイトシティの製鉄所はもともとナショナルスチールの工場でしたが、今はUSスチールです)。また、この発表で、USスチールやニューコアの株価も上昇しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27842840Y8A300C1000000/
・・・・・・
一方、朝日新聞やTV朝日の報道ステーションは、「中国を念頭に置いた措置だが、日本も鉄鋼輸出で大きな影響を受ける可能性がある・・」と危惧しています。
https://www.asahi.com/articles/ASL322GM9L32UHBI008.html
この報道は、半分は正しいのですが、半分は間違っています。
・・・・・・
実は、日本から米国への鉄鋼の直接輸出は、1990年代に大きく減っており、今更、25%の関税を掛けても、輸出量が激減するという訳ではないのです。1990年代の米国は、日本製鋼材をかたっぱしからダンピング提訴し、懲罰的関税を掛けて、米国市場から締め出しました。重要な顧客であった日系自動車会社の現地工場も、バイアメリカン法の趣旨に則り、ローカルコンテンツ(つまり米国製部品)の比率を増やすよう求められ、材料や部品は日本製から米国製に切り替わっていったのです。
・・・・・・
その結果、日本からの鉄鋼輸出は激減し、高級な油井管用シームレスパイプなど、米国では製造困難で、かつ絶対必要な特別な鋼材のみが日本から輸出されている状況です。
・・・・・・
無論、自動車用鋼板などで、日本の開発した高級鋼は、不可欠なのですが、それらは主に米国内に建設した合弁の冷延工場や表面処理工場で製造されています。日本の鉄鋼会社は当初、その母材を供給する「分業輸出型」を志向しましたが、近年はその母材も米国製に切り替え、日本製の母材は減っています。日本側も海外戦略の焦点をアジアと考えており、米国市場を重視していません。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27763240W8A300C1000000/?nf=1
だから、トランプの決定が日本の鉄鋼輸出にも大きな影響を与えるかも・・というTV朝日のコメンターの言葉はかなり的外れです。
・・・・・・
でも間接的な影響は避けられません。米国から締め出された中国製の駄物の鋼材が、世界の鋼材市況を押し下げ、さらに、日本へ流れ込む可能性は高いのです。その場合、日本の鉄鋼産業も一定程度の影響を受けます。
・・・・・・
昔、S友商事の幹部の人が言っていましたが、「鉄鋼貿易はくず湯に似ている。流動性があるようで、高級鋼の一部の製品はひも付きで流動性がない。液体だけど、どろっとしているくず湯のようだ」 日本に流れ込むのは液体の部分です。
用途と顧客が決定しているひも付きの高級鋼については、トランプの保護貿易措置の影響を受けないかも知れませんが、中進国が製造する安物の鋼材は、米国で締め出された分が日本市場に入る可能性があります。
・・・・・・
それにしても、トランプの仕事は粗雑です。かつてのダンピング騒動の際は、対象がかなり細かく分かれていて、その扱いは、国ごとでかつ製品・品種別でした。その手続きも緻密で煩雑でした。
・・・・・・
ダンピングの提訴があると、商務省は相手国のメーカーに対して製造原価を示す資料を求めます。製造原価に適正な利潤を乗せた販売価格でなければ、ダンピングとみなされます。さらに相手国(日本)の国内市況も確認し、米国での価格との乖離が無いか確認します。さらに、米国内のユーザーに意見を聞き、日本製鋼材の必要性と日本製品を選ぶ妥当性を確認します。 それらの公聴会を終えた上で、ダンピングの認定と、課徴金の金額を決定します。
・・・・・・
日本のメーカーと商社は膨大な資料の提出を求められる訳で、みなさん消耗していました。
さらに、ライバルである米国企業にコスト構成を全てさらけだすことに、強い抵抗を感じたこともあります。しかし、商務省の公聴会では日本メーカーの言い分も、顧客の言い分も主張する権利と機会がある訳で、ある意味フェアな手続きでした。
・・・・・・
しかし、トランプの決定は、あまりに単純で、一方的です。 全ての国が対象で、全製品について税率は一定です。米国内のユーザーの意見も考慮しません。トランプは「他の国は、眼に見えない非関税障壁を設けている」と主張しますが、その具体的な例は示さず、それによって米国が受けた被害についても、抽象的な説明しかしません。
(もっとも、その後、一部の国を対象から外す可能性がでてきました)。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27842910Y8A300C1000000/?nf=1
・・・・・・
しかし、この粗雑な決定では、諸外国は納得しないでしょうし、米国内のユーザーも納得しないでしょう。この点は朝日などのマスコミの言うとおりです。
そして、注目すべきはその次の点です。
・・・・・・
トランプ大統領は、国防上あるいは、安全保障上の観点から、米国の産業を守るため、今回の課税措置を行うと発言しています。日本のマスコミのコメンテーターは、「ハイテクや武器・兵器産業でもない、素材産業がどうして安全保障と関係あるのか?」と理解できない様子でした。
・・・・・・
一方で、国防上の理由ではなく、昔から言われている雇用の確保が目的だとする意見もあります。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM21H25_R20C17A4EAF000/?n_cid=SPTMG002
どうも国防目的なのか雇用確保目的なのか、はっきりとしません。
でもこの点は、実はかなり大事なのです。それについては次号で申し上げます。
コメント 0