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【 灰とダイヤモンド アンジェイワイダの死 】 [映画]

【 灰とダイヤモンド アンジェイワイダの死 】

 

ポーランドを代表する・・というより戦後のヨーロッパの映画監督を代表する一人であるアンジェイワイダが亡くなりました。

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私はポーランドに行ったことがなく、戦後の東西対立のもとで東欧がどういう世界だったかを知りません。それを知らなければ、彼の作品を本当に理解することはできないのかも知れません。 それでも私は彼の作品には毎回心を打たれました。「地下水道」、「大理石の男」、「灰とダイヤモンド」。

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全部に触れると、ブログの論旨が発散してしまいますので、ここでは「灰とダイヤモンド」に絞って、彼の作品を考えたいと思います。

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第一番にこの作品が印象的だったのは、主人公が撃たれて、廃墟のガレキの中で、ボロギレのように惨めな最後を迎えることです。今でこそ、ヒーローがあまり格好良くない死に様をさらすドラマは珍しくありませんが、映画では多分これが初めてではないか?と思います。

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話は飛躍しますが、石原プロが昭和の時代に手がけていた刑事物のアクションドラマ「太陽に吠えろ」では、準主役とも言うべきヒーローが、犬死にみたいな死に方をして、交代するのがお約束でした。萩原健一、松田優作らがそうで、その死に方も話題になり、ドラマの人気は上がりました。 カッコいいヒーローはみっともない死に方をしても様になる・・というのを証明した訳ですが、その原型は「灰とダイヤモンド」にあったのではないか?と私は考えます。

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そして、最初に迷うのは、主人公は善玉なのか、悪玉なのか?という点です。ドラマをついつい単純化して見てしまう私は、登場人物が現れるたびに、善玉か悪玉かを推理します。 複雑なドラマほど善玉と悪玉の識別は難しいのですが、「灰とダイヤモンド」も難しい作品でした。

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映画はソ連から派遣された共産党の幹部を暗殺する場面から始まる訳で、暗殺者マーチェクは犯罪者でありテロリストなわけですから善玉の筈がありません。しかし、途中でこの青年は善玉に違いないと確信します。そして彼が死んだ後に、それを慰めるような詩が流れるのです。 このテロリストは善玉なのか悪玉なのか? これについて生前のワイダ監督はニヤリと笑ってポーランド人ならではの苦しい胸の内を明かします。

「共産党の検閲を通すには、共産党の幹部を殺すようなテロリストは、無残で惨めな死に方をする・・という表現で、共産党を支持・肯定する必要があった。しかし、自由主義の世界の人が見れば、反体制の暗殺者こそが、善玉だと分かるようにしている」

彼は、タマムシ色に解釈できるように工夫することで、東側世界での表現の自由を守ったのです。

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テロリストとは本質的にタマムシ色の存在です。法治国家では、いかなる場合も暴力的に生命を奪うことは犯罪なのですが、そこに政治的背景があれば、その行為を否定しない見方も可能です。

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一つの例を挙げれば、伊藤博文を暗殺したテロリスト安重根です。伊藤博文は朝鮮の併合に必ずしも賛成ではなかったし、併合後の朝鮮の統治にも心を砕いていた訳で、朝鮮の人々から恨まれるべき人物ではなかったのです。 しかし幼稚で過激な愛国主義(というより民族主義か)の安重根は彼を殺害した訳で、やはり非を唱えねばなりません。

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しかし、今の韓国で彼を英雄視する人が多いのは事実ですし、当時の日本人にも彼にシンパシーを感じる人はいたようです。

石川啄木は『ココアのひと匙』(啄木詩集)に、
「われは知る、テロリストの かなしき心を 言葉とおこなひとを分ちがたき ただひとつの心を・・」で始まる詩を載せ、安重根を悼んでいます。

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もう一人の有名な暗殺者というか刺客は、中国史に登場する荊軻です。義憤を感じた荊軻は易水で太子丹と別れ、始皇帝の暗殺に向かいますが、結局失敗します。そして中国国内での彼の評価は、時代と体制によって異なるようです。

中国建国間もない頃や文化大革命の頃は、命を賭して体制に反逆する英雄として讃えられました。 それが、共産党自体が権力となり政権が安定してくると、「暴力では何も変えられない。荊軻は無思慮で短絡的だ・・」と否定的な見方になります。

ある意味で当然です。今の時代に荊軻がいれば、まず共産党幹部を狙うでしょうから。

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ことほど左様に、テロリスト、暗殺者、刺客に対する評価は変化しますが、逆に反体制の人をどう扱うかで、その国・政権の姿勢が伺えると思います。

誰かの句に「面白うてやがて悲しきテロリスト」とあります。この句のモチーフには安重根も荊軻も含まれますが、何と言っても、この映画の主人公マーチェクの為の句のように感じられます。

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そしてこの映画で大事なのは、最後に登場する詩です。

詩の最後は

永遠の勝利の暁に、灰の底深く 燦然たるダイヤモンドの残らんことを」と結んでいます。

これが映画の題名ですが、全てが破壊しつくされ、全てを失った後でも絶望する必要はない。希望だけは残っている・・と主張する訳です。

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これは不幸にして、第二次大戦で戦場になり、両隣の大国にいいように蹂躙され、戦後も衛星国の扱いを受けて、主権と自由を奪われたポーランド人の為にあるような詩です。

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多分、彼らの本当の気持ちは日本人には分からないかも知れませんが、私は、最後に希望だけが残っているという表現を、「パンドラの箱的表現」と呼びます。パンドラが迂闊にも、災いを封じ込めていた箱を開いてしまい、災いが全世界に飛び散ってしまったことを人々は嘆くのですが、よく見ると、箱の底には、希望だけが残り、光っていた・・という寓話です。

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お説教めいた話ですが、我々は苦境にあっても希望を見失ってはいけないということでしょう。ポーランド人だけでなく、欧州の人だけでなく、日本に暮らす我々も、灰の中のダイヤモンドを探す努力を惜しんではいけないのだろうと思います。

 

もっとも、実際にはダイヤモンドも石炭と同じ炭素ですから、ある温度以上なら燃えてしまい灰の中には残らないのですが・・。


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霍去病

ショパンの(確か)マズルカとマチェクのものすごく美人の恋人、
切れぎれに思い出します。文庫本を持っていますが、果たして文字で読んで面白いか・・・?
by 霍去病 (2016-10-17 03:36) 

笑うオヒョウ

霍去病様

コメントありがとうございます。「灰とダイヤモンド」に登場した女優が美人だったかどうか・・忘れました。ただ言えることは、若いのに何の華やかさも楽しみもない生活をおくる寂しい主人公にとって、彼女の存在は貴重な慰めであり、美しい存在に見えたかも・・と思います。なんとなく、昔の白黒映画の方に美人が多かったように思うのは気のせいでしょうか? ショパンのマズルカの方は「祖国へのマズルカ」というストーリーになっているのは知っていますが、映画になっている・・のか知りませんでした。

またのコメントをお待ちします。

by 笑うオヒョウ (2016-10-17 16:21) 

Wajda Art

What lies in an artist’s head? There’s no answer to that question… unless the creator himself chooses to share that secret. Andrzej Wajda revealed a little on that. We have collected the drawings he selected personally and added his own remarks to into albums. They’re already at your disposal right now. You can get them at a discount price by helping us finance the Wajda Art project on one of the crowdfunding platforms like indiegogo. The albums also come with a film where the Oscar winner talks about what a great impact Polish painting had on his creative output. Visit our Facebook profile or go to our website. We invite you to https://multiartprojects.com.
何が芸術家の頭にありますか? その質問に対する答えはありません。作成者自身がその秘密を共有することを選択しない限り。 アンジェイ・ワイダは、その上の少しを明らかにしました。 私たちは、彼が個人的に選択された図面を集めてアルバムにする彼自身の発言を追加しています。 彼らはすでにあなたの処分になっています。 あなたは私たちがindiegogoのようなクラウドファンディングプラットフォームの1つにワイダアートプロジェクトの資金調達を支援することで、割引価格でそれらを得ることができます。 アルバムにも大きなインパクトポーランドの絵画は、彼の創造的な出力を持っていたものについてのオスカー受賞者会談フィルムが付属しています。 私たちのFacebookのプロフィールをご覧いただくか、当社のウェブサイトにアクセスしてください。 私たちはあなたをhttps://multiartprojects.com/ja/


by Wajda Art (2018-04-24 16:48) 

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