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【 拙を守る について考える 】 [俳句]

【 拙を守る について考える 】

夏目漱石が、晩年の「則天去私」と並んで、しばしば用いた言葉に「拙を守る」という言葉があります。 「木瓜咲くや、漱石拙を守りけり」という俳句もあります。 これは、漱石も傾倒した禅の言葉であると私は思います。オヒョウの郷土の大先輩の思想家である鈴木大拙の名前も、禅の言葉である「大拙は巧に似たり」に由来するものと聞いています。

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ところが調べてみると、「大拙は巧に似たり」という言葉は、「老子」に登場するようです。そして陶淵明の詩にも登場するとなると、禅の思想が起源とは言えなくなります。 あれれ?私の理解は錯覚だったのか・・。

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そもそも、中国では「拙」という漢字にそれほどネガティブな意味は無いのかも知れません。拙という漢字が登場する例では、有名な蘇州の拙政園(ツーゾンエン)があります。これは明の宰相である王献臣が、引退後に「自分の政治は下手くそだった」と反省して自分の庭にこんな名前をつけた訳ですが、この庭園は実にすばらしく、見事な芸術作品です。私が知る限り、最高の庭園です。それにしても、こんなに豪華で素晴らしい庭園を作ること自体が、既に庶民を搾取していることではないか・・・。

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話が脱線しますが、宰相は君主より目立ってはいけません。適度に贅沢をして権力を振るっても、それはいいのですが、自ずとけじめが必要です。君主よりも目立ったり、贅沢をした宰相は何人かいますが、評判があまりよくありません。 フランスの宰相リシュリュー公は、あまりに立派な御殿を建て、主君のルイ13世から、「朕の宮殿より立派ではないか?」と嫌味を言われています。 そのリシュリューの豪邸はパレ・ロワイヤルと呼ばれ、ルーブル美術館の隣で、地下鉄の駅のすぐ横にあり、今でも見ることができます。 徳川幕府の側用人だった柳沢吉保の庭園も見事で、将軍の徳川綱吉の不興を買いました。 私はまだその六義園を見ておりませんが・・・。

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中国の場合、君主に睨まれれば、失脚・処刑もありうる訳ですから、在任中はなるべく目立たないにこしたことはありません。その分、引退してから贅を尽くしたわけですが、それでも心配なので、拙政園という謙虚な名前で目くらましをした・・というのが私の解釈です。 とにかく、自分のことを「拙」と表現する場合は、半ば謙虚、半ば韜晦そして残りは自尊の思いがあるのでは・・・と私は解釈します。

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ところで、漱石の「拙を守る」という言葉の意味について、漱石の姻戚でもある半藤利一氏は、漱石が、人間関係に不器用で、世渡りが下手で、要領の悪い自分を自嘲気味に表現した言葉だと説明します。 確かに、漱石の小説で、彼自身を投影したと思われる登場人物は、インテリだけれど、人付き合いは苦手で、出世やお金儲けとはあまり縁の無い存在として描かれています。

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しかし、敢えて、私は半藤氏とは別の解釈をします。 「拙」とは単にお金がなくて、貧乏だという事を意味するのではないか?漢字の本来の意味にも、たしか貧乏暮らしの意味が含まれていたはずだし・・・。 夏目漱石は、朝日新聞社から高給で迎えられ、作家として高い評価を得た人物ですが、それなりに出費も必要な訳で、お金の心配が無かった訳ではありません。 借家住まいで、その家賃の高さを嘆いている記録もありますし、無教養なのにお金儲けだけは上手で財閥になった人々を軽蔑する表現も「吾輩は猫である」に登場します。

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だから、単に「拙」とは、いい年をして、いまだにお金の心配をしている自分を示しているのではないか?と私は考えるのです。 不器用で世渡りが下手なことと、単にお金が無いということは、似ていますが、微妙に違います。私はそこを確認したいのですが、それ以上のことは分かりません。

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私自身も年賀状に、「初春や、今年も拙を守りおり」としたためたことがあります。 でも、ある種の矜持を持って不器用な生き方をしている事と、単に貧乏暮らしをしております・・と自嘲するのでは、持つ意味が違いますし、読まれる方の印象も違います。 私の場合、誇り高き清貧の生活をしているのではなく、単に無能で貧乏なだけですから、「拙」の意味は単に「お金がありませんよ」と言うだけにしたいのですが・・・。 まあ、考えてみれば、夏目漱石と自分を比較する事自体が、おこがましい訳で不遜なのですが・・。

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ところで漱石の友達の正岡子規は、守拙ではなく、拙守という言葉を考案しました。 ただし、これは野球のエラーを日本語に訳しで拙守としただけで、禅の思想とも老子の思想とも無縁であることは言うまでもありません。


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