SSブログ

【 青山の夜 】 [ポップス]

【 青山の夜 】

私の勤務先の本社が企業合併によって大手町から青山に移ることになりました。これはちょっと困った問題です。東京駅から遠くなり、成田空港へも羽田空港へもアクセスが不便になります。これからは出張に行くのがちょっと大変です。それになにより、我々の最大の顧客である、N製鉄の本社に歩いていけなくなります。

・・・・・・

職場では、本社移転の話で盛り上がります。では街の雰囲気はどうなのでしょうか?

「大手町の街と青山の街で何が違うか?」いろいろ違いはあるけれど、その一つはビルの地下1階です。大手町なら、地下1階はレストランか居酒屋、あるいは駐車場です。でも青山なら、ライブハウスがお似合いです。

・・・・・・

だからという訳ではありませんが、同僚のTさんと私は、夕暮れの青山の街を歩き、ライブハウス「プラッサ・オンゼ」に入りました。「PRAÇA 11」とはポルトガル語で11番広場という意味でしょうか?ブラジル音楽とブラジル料理の店です。

ここで聴くのは、笹子重治さんと吉田慶子さんのブラジル音楽です。

・・・・・・

吉田慶子のライブについては、以前にもブログを書きました。

http://halibut.blog.so-net.ne.jp/2013-02-24

しかし、前回の日暮里ポルトでのライブは、彼女一人の弾き語りだったのに対し、今回は笹子氏が加わり、彼の繊細なギターと吉田さんの囁くような歌声が、どう絡み合うかがポイントです。

・・・・・・

私はラム酒を、Tさんはジントニックを飲みながら、歌姫の登場を待ちます。

暗い店内に集うお客は、若い人はまばらで、どちらかというと60代、私より少し歳上の人が目立ちます。皆さん昭和を引きずっている人々です。

「僕がイメージするライブとはだいぶ雰囲気が違いますね」とTさん。これは仕方ないことです。 おやっ?と気づいたのですが、斜め前にはスーツを着た中年の男女が肩を寄せて座っています。 仕事帰りでしょうか?

店内はすっかりブラジルの雰囲気ですが、「Tさん、実は私はブラジルに行った事がないのですよ。一度は行きたいのですがね」と私は白状します。

Tさんは、「N製鉄の中堅の技術者にはブラジルで仕事をした人がたくさんいますね。話しをすると、皆さんウジミナスプロジェクトに参加した日々の事をとても懐かしく語ります。ブラジルはすてきな国みたいですね」

・・・・・・

このブログにしばしば登場するTさんは中国留学も経験し、海外経験豊富な青年です。しかし、そのTさんでも、まだ行ったことのない国は数多く、憧れる国は数多いようです。 

・・・・・・

そして外国の音楽を楽しむには二通りの方法があります。

ひとつは、まだ行った事のない憧れの国をイメージしながらその国の音楽を聴くこと。

そして、もうひとつはかつて暮らした国、訪問した国の風景とそこで出会った人々を懐かしく思い出しながら、その国の音楽を聴くこと。どちらも私は大好きです。

・・・・・・

もっとも音楽の鑑賞に2種類あるのは、外国の音楽に限りません。恋愛の歌だってそうです。ひとつは失った恋、去っていった恋人を、ほろ苦く切なく、思い出しながら聴くこと。もうひとつは、今目の前にいる最愛の人と一緒に愛の音楽を聴くこと。どちらも素敵でしょうが・・・、どうも私には縁がありませんがね。

・・・・・・

今回は、まだ見ぬ地球の裏側の国、ブラジルを想って音楽を聴きます。そして今日は薄命だったブラジルの女性歌手ナラ・レオンを偲んで、そのオマージュを意識した音楽会です。 吉田慶子さんは、ナラ・レオンに心酔しているのか、髪型まで彼女に似せています。 音楽家はしばしば、影響を受けた先輩に近づこうと外見まで似せたりします。 かつてペギー・リーに憧れたペギー葉山、サンタナに憧れた野口五郎がそうでした(・・・はは、年齢がバレますね)。

・・・・・・

笹子/吉田のコンビの息はぴったり合っていて、声とギターのハーモニーは絶妙です。無関係な観客である私が軽い嫉妬を感じるほどです。 吉田さんには悪いけれど、ギターはやはり笹子さんの方が上手だね。 そして絶妙なのは、二人の会話です。どんなライブでも、ドキッとしたりハッとする発言がありますが、今回もありました。

・・・・・・

「ナラ・レオンは大御所のセルジオ・メンデスから、アメリカに来るように誘われて断ったんですってね。 それが、「英語で『イパネマの娘』を歌わされるくらいなら、行かない・・」って言って筋を通したの。気骨のある女性だったのね」

会場は、ナラ・レオンのエピソードに感銘を受けたのか、ちょっとどよめきました。

ある音楽を極めようとするミュージシャンは、しばしば、商業主義とぶつかり、妥協を求められたりします。例えば一般受けするスタンダードナンバーの演奏を強いられる場合です。

・・・・・・

私のように音楽に詳しくない者にとって、ブラジル音楽と言えば、どうしても、イパネマの娘、 おいしい水、マシュ・ケ・ナダ、黒いオルフェといったスタンダードしか思い浮かびません。

しかし、より深くサンバ・カンソンの世界に入った音楽家にとって、それらの一般ピープルのためにスタンダードを演奏することは、商業主義に堕落することでもあり、密かに抵抗を感じる訳です。ナラ・レオンは「イパネマの娘」を歌いたくなかったのか?

そして、吉田慶子も「イパネマの娘」が大嫌いなのか?

・・・・・・

私がそういぶかった瞬間、なんと彼女は「イパネマの娘」を歌い出しました。 これは

大変化球です。 前回の彼女の日暮里ポルトでの弾き語りは、全て直球勝負でした。

私のリクエスト「ラジオの歌い手」もちゃんと歌ってくれました。 しかし今日のライブは違います。笹子さんというキャッチャーを受けて、見事に変化球を決め、観客の私は空振りです。 そして彼女の「イパネマの娘」は素晴らしい出来でした。

吉田慶子の欠点を言うなら、彼女の声が全くコケティッシュでないことを挙げたいと思います。しかし、「イパネマ」を歌う彼女は十分にキュートであり、申し分ありません。 

・・・・・・

「なんだ、『イパネマの娘』も素晴らしいじゃないか・・・」カクテルを飲み干して私がそう思った時、笹子氏が「しかし彼女の『マシュ・ケ・ナダ』はお薦めできませんね」。再び変化球です。 私も彼女が「マシュ・ケ・ナダ」を歌う場面を想像して思わず苦笑いをします。 更に彼女は、切ない恋の歌や恨みの歌の後に、コミカルな「パンダの歌」を歌ったりします。自称パンダ研究所研究員だそうですが・・ どうも今日は変化球が多いな。 

・・・・・・

そして、私はもう一つの事を考えていました。

ナラ・レオンは英語で『イパネマ』を歌うことを拒否したが、歌とは、作曲された国の言語で歌うべきものなのだろうか? ボサノバはポルトガル語でなければ表現できないのだろうか? これは大問題です。むしろ音楽によっては外国語に翻訳された歌詞の方がしっくりすることもあると私は思います。 これは本当だろうか?

・・・・・・

唐突ですが、その時、私が頭のなかでイメージしたのは、大貫妙子の名曲「若き日の望楼」です。これは大貫妙子作詞作曲の完全なメイドインジャパンの曲です。(ただし、そのモチーフは、シャルル・アズナブールの「帰り来ぬ青春」にそっくりですが)。しかし、この曲は日本語の歌詞よりもフランス語の歌詞の方が似合います。歌うのはどちらも大貫妙子ですが、フランス語バージョンの方が優れています。日本の歌でもフランス語の方が似合うのです。

英語の「イパネマの娘」を嫌うのは、本当に正しいのだろうか?

・・・・・・

そう思った時、2杯めのジントニックを飲み干したTさんが、「オヒョウさん、ボサノバって、ちょっとシャンソンに似ていません?」 うーむ。私が日本語のシャンソンについて考えていたのを見破ったようなタイミングです。私はちょっと焦りました。

そして、やがて演奏会は終わり、アンコールの曲に、なんと吉田さんは「煙が目に染みる」を選びました。 

・・・・・・

私オヒョウにとって、この曲は英語で歌う以外にありません。それをポルトガル語で歌うなんて・・。 しかし、ポルトガル語で彼女が歌う「煙が目に染みる」は、実に心に染みました。ああ、最後にまた変化球を投げられて、三振してしまった。

しかし、それにしても歌は母国語で歌うべき・・というのがナラ・レオンではないのか?

IMG_0557s.jpg

Yoshida Keicoさんとオヒョウ(笹子氏ではありません)

 

IMG_0554s.jpgこちらも太っているのが私です。

・・・・・・

ライブが終わり、私達は既に暗くなった外に出て、表参道へ歩き出しました。

ふと見ると、我々の斜め前に座っていたスーツ姿のカップルが並んで歩いています。同じ駅にむかっているようです。外に出てもやっぱり肩を寄せ合っています。なんだかちあきなおみの「黄昏のビギン」が聞こえてきそうです。

・・・・・・

私は、ふと、唐突に「青山の勤務先に通うのも悪くないかも・・。特にアフター5は」と思いました。 同僚のTさんがどう思ったのかはわかりません。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。