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【 吉田慶子とSamba Canção 】 [ポップス]

【 吉田慶子とSamba Canção

フランスのシャンソン(Chanson)とイタリアのカンツォーネ(Canzone)は、綴りこそ違うものの、元の言葉は同じで、単に「歌」という意味です。 だから同じか?と言えば、ご承知の通り、全く違うものです。 中学校時代の音楽の針谷先生はこうおっしゃいました。

「カンツォーネが、朗々と歌い上げ、その声量と音域、正確な発声技法で勝負するのに対して、シャンソンはそうではない。シャンソンは演技力というか台詞のような語り口で勝負するもので、声が嗄れていても、音域が狭くても許される。だから正統派の声楽家は、オペラやカンツォーネで力量を示すことになる」。

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全くそのとおりなのですが、なんとなくシャンソンを軽蔑するようにも理解でき、そのために私はながらく、シャンソンを色眼鏡で見ることになりました。 今はシャンソンも大好きですが・・。

欧米の歌は、大別すると、朗々と声を出して歌い上げるグループと、小さな声量でもその歌いまわしの技巧で聞き手を感動させるものの、2種類になるかも知れません。

前者の代表はカンツォーネ、後者の代表はシャンソンかも知れません。 ポルトガルのファドは多分前者でしょう。では、小さな声量の歌の極北にあるのは何か?それはブラジルの「囁く芸術」ボサノバであろうと、私は考えます。

「あれっ? ブラジルは旧ポルトガル領、ボサノバがポルトガルのファドとは反対の音楽というのも、面白いな」 なんて事を考えながら、私は2/23の夜、日暮里のポルトに出かけました。吉田慶子のライブを聞きに行くためです。

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20人も入ると立錐の余地もない狭い店で開かれるライブは、予約のタイミングが少しでも遅れるとチケット売り切れで入れません。彼女のライブを聞くのはちょっと大変なのです。

店内の最前列の席に腰を下ろし、甘いダイキリを舐めていると、かつて「歌うOL」とか「歌う銀行員」と言われた、歌姫吉田慶子さんが登場します。 ちなみに「歌う銀行員」の元祖は小椋佳です。

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彼女は意外な話題から切り出しました。

「今、アントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン)のドキュメンタリー映画を東京で上映しています。ですから、今日は彼の特集というか、彼の曲のメドレーで進めます」 そんな事を知らなかった私はちょっと驚きましたが、20人弱の他の客は、当然のことと首を縦に振ります。 どうやら今日の観客はかなり濃いボサノバファンで、トム・ジョビンの映画を上映していることなど先刻承知なのです。

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でもよく考えれば、トム・ジョビンはボサノバの父とも言うべき人で、ボサノバを歌えば、自動的に彼の作品が多くなるのです。彼女のトム・ジョビンへのオマージュは、ある意味で当然なのです。 そして彼女はギターのチューニングを終えると小鳥がさえずるように歌い出しました。

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聴き始めて、すぐに理解できますが、彼女の歌は、小野リサなどのポピュラーなボサノバとは、かなり違います。 表現が難しいのですが、より通好みというか、ブラジル音楽の原点に遡る研究をした歌い手であると思います。 

「これはボサノバの母体とも言うべきサンバ・カンソンを極めた人の声だ・・」。

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シャンソン(Chanson)とカンツォーネ(Canzone)は、同じ「歌」という意味だと、冒頭に申し上げましたが、それがポルトガル語ではカンソン(Canção)となります。そしてブラジルの伝統的な音楽はサンバですから、サンバ・カンソン(Samba Canção)とはサンバの歌という意味になります。ちなみにサンバは、アルゼンチンにもありますが、全く別物です。はるか昔の日本の「てんとう虫のサンバ」も全く別物で、勿論ルンバも全く別物です。なんだかややこしい。

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脱線しましたが、彼女の歌声は、全くブラジル人のそれのようです。私は心に染み入る歌を聴く時は、目を閉じます。歌手の姿が目に入るとイメージが変化するから、それを防ぐためです。目を閉じれば、私の前には吉田慶子ではなく、Yoshida Keicoが座って、歌っているのです。 誤解を避けるために言えば、彼女は愛くるしくて、素晴らしい美人です。

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でも、日本的な東北美人であって、私がイメージするラテン系の女性の対極にある存在です。だから、彼女の容貌と歌声はマッチしないのです。

もっとも、近年日本国内で多く見かける日系ブラジル人は、複雑で国籍不明の容貌ですから、ブラジル人=ラテン系というのも成り立ちません。でもサンバ・カンソンやボサノバはラテン系の音楽です。 やはり、ライブの歌声は目を閉じて聞くべきなのか?

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聞いていて、疑問に思う事が幾つかあります。ボサノバは20世紀に確立した新しい音楽ですが、古典的なラテン音楽の系譜上にあります。なぜ20世紀まで、この音楽の登場を待たねばならなかったのか? トム・ジョビンが20世紀の人だからか?

私は、全く別の事を考えます。 それは音響工学、電子工学の発展を待たねばならなかったからだ・・・という考えです。

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ボサノバも、サンバ・カンソンも、さえずると言うより、まさに「ささやく」音楽です。日暮里ポルトのように狭い空間でも、肉声では客席の最後列までは声が届きません。 高性能のマイクロホン、アンプ、スピーカーと、それをチューニングする技術者が不可欠です。 今回のライブでも国重氏が用意した音響装置のお陰で、雑音もハウリングも全くないハイファイの音声がスピーカーから流れましたが、昔はそうは行かなかったはずです。豊かな声量で、ホール全体に肉声を響かす音楽は19世紀までに確立し、小さな声で語る芸術は20世紀以降に登場した・・と私は考えます。

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実は彼女自身も、仙台のライブでの失敗経験を話しています。

会場に用意された音響装置が貧弱で、声が客席の後ろまで届かなかったのだそうです。自分たちが持参した装置の使用は認められず、挙句は「もっと大きな声で歌って貰えれば問題はない」という暴言というか、トンチンカンな発言をされた・・と苦笑いです。 ボサノバとは何かを理解しない音響技師の発言です。

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そして、もう一つ決定的に悩むことがあります。 それはポルトガル語の問題です。

彼女の歌は、より本格的に、より専門的にボサノバを歌うために、歌詞は全てポルトガル語です。 しかし、私は全くポルトガル語が分かりません。そのために歌の心が分かりません。 ボサノバもサンバ・カンソンも、しっとりとしたメロディーで、恋の切なさや哀しみを訴えるのですが、歌詞が分からないと、その感動も半減です。

吉田慶子さんは、一曲ごとに簡単な解説をしますが、それだけでは不十分です。

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見渡すと、他の観客はボサノバの通なのか、皆さん歌詞を全て理解しているようです。或いは、全員東京外大の葡萄牙語学科の卒業なのか? 後ろを振り向くと、中年後期か初老の域の方が多く、ボサノバ歴も私よりずっと長いようです。話される会話も専門的で私の知らない曲や歌い手の名前が多く登場します。これは何ともマニアックなライブに来てしまった。

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外国音楽と外国語の問題は、他の音楽にもあります。シャンソンは戦後日本人歌手が日本語の歌詞で歌い始めたことで、急速に普及しました。 そしてより本格的なシャンソンを求める人がフランス語の歌を愛するようになっていきました。 ボサノバもそうすべきかも知れませんが、どうも日本語がうまくのる旋律ではないようです。やはりポルトガル語しかないのか・・。

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日本でのポルトガル語熱は、ひところ程ではないようです。 私が暮らした茨城県鹿嶋では、Jリーグの鹿島アントラーズが出来た頃、多くのブラジル人選手が来日し、ブラジルブームに沸きました。ジーコ、サントス、アルシンド・・。その頃はブラジル料理店が流行り、ポルトガル語の会話学校もできたそうです。 しかし、今はありません。

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群馬県太田市など多くの都市には、多くの日系ブラジル人が暮らし、ポルトガル語が話されます。しかし、それはブラジル人の中にとどまり、日本人には浸透しません。

ボサノバを日本語で歌うか、あるいは日本人がポルトガル語を理解しなければ、ブラジル音楽は普及しません。「マツケンサンバ」のような偽物ではだめです。

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ところで、どうでも言い事ですが、私がパソコンで「サンバ・カンソン」と入力すると、最初に「三馬鹿の損」と変換されます。これはなぜか? 直前まで、中国、北朝鮮、韓国に関する駄文を書いていたからかな?


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夏炉冬扇

今晩は。
今日は「なごやかな」地域の働きしました。うれしい限りです。アップ。
by 夏炉冬扇 (2013-02-24 22:47) 

笑うオヒョウ

夏炉冬扇様 コメントありがとうございます。

私のブログの更新が滞り、コメントへの返事も遅くなって申し訳ない限りですが、お陰様で元気にしております。
私自身のブログについてコメントするのも、生意気ですが・・・、
社会の問題点を指摘したり、大上段に構えて、他人を非難するのは、ある意味簡単で、すぐに文章を書けるのですが、他人を褒めたり、皆さんに同意してもらえる暖かい文章を書く方は、なかなか筆が進みません。

質が向上しないまま、量が減っていく駄文ですが、どうか飽きずにお読みいただければ幸いです。 次のコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2013-03-04 02:34) 

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