【 カテナリー その1 】 [雑学]
【 カテナリー その1 】
私が理科系の人間なのか、文化系の人間なのか、時々疑問に思われる方がいます。
「えっ?オヒョウさんって理科系だったのですか?」と驚かれると、喜んでいいのか、がっかりしていいのか、判断に困ります。
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技術系か事務系か・・という区別でしたら、現在行なっている仕事の内容で区別できる事もあります。 しかし、それだって仕事のキャリアが長くなり、管理職業務になってくると、技術系と事務系で分ける事が無意味になる場合もあります。実際、課長から上は技術系も事務系もない・・としている会社もあります。
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まして理科系と文化系という区別は難しいです。それが学校で学んだ専門に基づく分類なら簡単ですが、学校を出て数十年が経てば、もはや無意味です。
勿論、医師だとか研究者だとか、学生時代の専門を引きずって、それを飯の種にしている人たちは別です。 それに専門職ではない普通の人たちでも、雀百まで踊り忘れず・・というか、理科系の思考パターン、文化系の思考パターンというものは、ずっとついて回ることがあります。だから理科系人間、文化系人間という分け方はありますが、私の場合、その思考パターンがはっきりしないから、理科系か文化系か、どっちなんだ?と疑われる訳でしょう。 私は、そういう時は黙ってポケットの電卓を見せます。
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理科系か文化系か、あるいは技術系か事務系かは、電卓を見れば分かります。
理科系・技術系の人は関数電卓というのを持っており、複雑な関数キーがたくさん付いています。 文化系・事務系の人の電卓は、桁数は大きいものの、機能は至ってシンプルで四則演算と平方根ぐらいです。 だから簡単に見分ける事ができるのです。
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でも理科系の関数電卓は、ひとつのコケオドシというかステータスシンボル的な意味があって、いつもその関数機能を使っている訳ではありません。 無論、複雑な関数キーを叩いている人もいるでしょうが、私の場合、パソコンの表計算を使った方が便利です。 多くの人がエクセルを使うようになって、関数電卓をあまり使わなくなったのではないか?と考えています。
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その関数キーの中でも、一番使わないのが、HYPと書いたキーです。これは双曲線関数を計算するものです。 私は、関数電卓を30年前に購入してから、一度もこのキーを押していません。
双曲線関数は、三角関数の延長上にあるもので、指数関数の和で表されます。オヒョウの時代は、これを高校で習いました。 息子達に訊くと、現在は普通の高校では習わないそうです。 でも私には、この双曲線関数は非常に懐かしい存在です。それは、双曲線関数のうち、coshで示される、懸垂線(カテナリー)に思い出があるからです。
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Y=coshX=(ex+e-x)/2で示される関数は、懸垂線です。 高校時代、教育実習の先生が、この式を示し 「 これは放物線ではない。一様な質量密度を持つ細長いヒモを両端固定で水平に張った時に描く曲線である・・ 」と説明されました。
(厳密には非線形ですが、線形に近似した場合です)。
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私は拙い数学の知識と、頼りない頭脳で考え、実際に懸垂線がその数式で示されるか検証してみました。 結果はそのとおりで、微分方程式の計算の実社会の現象の符合を確認できて非常に嬉しかったのを記憶しています。
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物体を投げた時の放物線、惑星の運行を表す楕円と並んで、懸垂線は自然界で見られる代表的で単純な数学的図形です。 それらを数学で解析して自分なりに納得できる事は実にありがたいことです。
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世の中には、耳に入る小鳥の歌声も、車のクラクションも全てドレミファソラシドで理解できる人がいるそうです。いわゆる絶対音階を持つ人達ですが、音痴の私には全く想像できない天才の人たちです。
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それと同じように、目に入る物理現象や自然界の形を、全て数学の方程式で理解できる人がいるようです。 敢えて言えば、絶対物理感覚を持つ天才達・・ということになります。 残念ながら、私はそちらの方もさっぱりですが、多少は理解できます。
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海の波の中の粒子の動きを見れば、サイクロイド曲線を考え、高速道路のカーブを見ればクロソイド曲線を考え、川の流れを見ればカルマン渦の周期を考え、木々の枝分かれを見れば、フラクタル次元を考えてしまいます。
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私には理解できないだけで、もっと多くの自然現象が数式で表せるはずですが、私には、その才覚がありません。 現象が非線形だったり、複雑系であれば、簡単に理解できないからです。
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自然界の現象の形状に比べれば、人工物の場合は簡単です。設計者は神ではなく、人間なので、比較的に単純な数式を用いているに違いないからです。
ここで言う人工物とは、人が作る機械や乗り物、建築物の事です。
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その建築物には有名なHPシェル構造があります。
美しくて、強度があり、材料を節約できる優雅な構造です。
ここで言うHPとはハイポネーテドつまり双曲線であり、HPシェルとは双曲線関数を用いたシェル構造です。 電卓のHYPキーと同じ意味です。
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私が尊敬するS前社長と酒を飲んだ時です。 「HPシェル構造で有名な建築物を挙げてみろ 」という質問がでました。 実はSさんが一番好きな建築構造はHPシェル構造なのだそうです。それは美しいからです。
これは建築の専門家ではない部下には辛い問題ですが、私はなんとか「文京区にある東京カテドラルが最も典型的なHPシェル構造だと思います」と答えました。
私は丹下健三をあまり好きではないのですが、東京カテドラルの聖マリア大聖堂だけは好きなのです。
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Sさんは、その回答を予想していなかったらしく、一瞬返事に詰まりましたが、「俺が考える最も典型的なHPシェル構造は、神戸のポートタワーだ。その美しさと強さは見事だ 」と言って、建築構造の話はそこで終わりました。
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私は焼酎を飲みながら考えました。 ( Sさんが言う通り、HPシェルは優れた構造だ。もっと応用していいのに、あまり使われていない。 懸垂線(カテナリー)はもっと多く利用されていいはずだ・・ )。
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私がその時考えていたのは、天井クレーンのガーダー(桁)の構造です。
ガーダーは、直線ではなく、上方向にわずかに湾曲しており、その反りのことをキャンバーと言います。
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このキャンバー形状は、カテナリーが理想ではないか? 一様分布荷重とみなせる、クレーンの自重だけを考えれば多分カテナリーと考えて問題ないでしょう。
しかし実際には、クレーンにかかる荷重は一様ではありません。クラブと呼ぶ装置が吊り荷の集中荷重を受け、それをガーダーの局所に伝達する形となります。
集中荷重がガーダースパンのどこにかかるかは、その都度変化しますから、便宜的に中央に集中荷重がかかると考えます。
その場合、梁(ガーダー)の撓みは、パラボラ(放物線)になります。
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そうすると、ガーダーのキャンバー形状は、定格荷重を中央に集中させた場合のパラボラと、ガーダーの自重から考えたカテナリーの和にするのが理想です。
実際には、カテナリーは中央付近でパラボラに近似できますから、二種類の曲線に分けて考える事は、あまり意味があるとは思えませんが・・。
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私のカテナリーに関するもうひとつの興味は、クレーンではなく、自然界での形状です。 それについては、次号で申し上げます。
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