【 テレント 】 [アニメ]
【 テレント 】
随分昔ですが、雑誌「将棋世界」の載っていた話です。
赤丸急上昇中の有望若手棋士がTVドラマに出演したというので、「いよいよテレビタレントですか?」と訊かれて「いや、僕は手の指先だけしか出演していません。いわばテレントですよ」と、ウィットのある返答をしたというのです。 つまり本物の役者が演じる将棋指しの吹き替えタレントとして登場したのです。
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将棋の高段者ともなると、将棋の駒を操作する時の指先の挙動も違います。
実に器用に駒を持ち上げ、指をしならせて盤上にパチリと置いて、寸分の狂いも
ありません。相手の駒を取る時もすばやく取り去ります。
だから、将棋の経験の無い役者が盤上の駒を不器用にいじると、それだけで嘘と分かるのです。 だから、その部分だけ、本物のプロに指してもらうという考えです。
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専門家でなければ、その動作は演じることができない・・・、普通の役者ではできないから、その部分だけ演じてもらおう・・ということは、TVドラマではよくあります。
例えば、魚をさばく板前の場面、手術をする外科医の指先、そして楽器を演奏する音楽家の指先(特に鍵盤を叩くピアニストの指先)、これらは専門家が代わりに演じます。顔が写らないようにして手だけを登場させる一種のスタントマンです。
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私は、この方法をドラマだけでなくアニメにも応用して欲しいと思います。
具体的には、アニメ「のだめカンタービレ」の楽器演奏シーンへの応用を提案します。
このアニメをご覧になった方はお分かりでしょうが、なぜか楽器演奏の場面になると、絵が静止してしまいます。観ている立場から言えば、著しく興を削ぐことになり、なんと安っぽいアニメーションなのだろう・・と思ってしまいます。
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しかし現実には、音楽に合わせて鍵盤上を動く指先を、正確に手書きのアニメで表現することは至難です。ましてこの物語はコンクールに出場する一流のピアニストを目指す学生の話です。ここの部分で手抜きする事はできません。
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私が提案する方法とは実写フィルムで、男性ならブーニン、女性なら中村紘子あたりの指先を撮影し、その絵をトレースする形でアニメ化する方法です。この方法なら、ショパンの幻想即興曲だろうが、チャイコフスキーの交響曲4番だろうが、簡単です。
以前は実写フィルムから動きを抽出してデジタイズする事は面倒でしたが、今はパソコンがあるので簡単です。
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そこで、問題となるのは、実写の映像から絵をトレースする事が、漫画もしくはアニメーションの原則に照らしあわせて、許されるのか否か・・という事です。
この問題は、近年いろいろな場面で議論され、アニメの手法の多様化と共に、実写の絵を使用する事も許されるようになってきた・・というのが私の理解です。
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もともと、カートゥーンだとかアニメーションと呼ばれるものは、二種類に分類されると私は考えます。
ウォルト・ディズニーの作品を例にとれば、ミッキーマウスの映画に代表される作品で、シンプルで捨象化した絵で構成され、絵の美しさよりは物語や動きの面白さを重視したものと、白雪姫に代表される、美しくて精密な絵で観客を魅了するものの二種類です。
もし手塚治虫の作品で例えるなら、前者は鉄腕アトム型、後者はジャングル大帝型とも言えます。
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もともと漫画とは、具象的な絵ではなく、ある種の記号化と捨象化、デフォルメを前提としたものですが、それが動画になる過程で二種類に分かれたというのが私の理解です。
そして近年はコンピューターグラフィックスの多用や、システム化されたアニメーターの能率的な作業によって、多くの手間を要する緻密な絵をアニメに用いる事が可能になってきました。 その過程で実写の写真をアニメに利用する事もなされるようになりました。
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最も端的な例は、新海誠の一連の作品です。彼のアニメーションは風景(例えば、鉄道の線路、踏切、社内の様子)をカメラで撮影し、その写真に独特の色彩を与えて、アニメーションの絵にするという手法を用いています。
特に、彩度をより鮮やかにし、コントラストを強くする事で、現実より美しい風景を作り出し、彼のアニメーションの印象を強くしているのです。
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新海誠の作品、あるいはスタヂオジブリの作品で、実写の絵が下敷きに用いられるのは、ほとんどが背景用であり、スチールの画像です。
この手法を、動画用、あるいはキャラクター用に用いれば、多くの動作がより正確に表現され、アニメーションの質が上がります。
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スタヂオジブリは「ルパン三世」や「未来少年コナン」の頃と、最近の「コクリコ坂から」とでは作画手法がかなり変わっています。 自然現象や登場人物の動きをよりリアルに正確に表現しようという変化です。 これはスタヂオジブリだけでなく、日本で制作される多くのアニメがその傾向にあります。
その中で「のだめカンタービレ」の安直で安っぽい静止画像の多用は「みっともない」の一言に尽きます。
1960年代、安物のアニメが粗製乱造された時期があります。
例えば、アニメ「8マン」では、主人公が高速で走る場面では、下半身が静止画像になってしまいました。 世界的に高い評価を受ける日本のアニメがその時代に遡ってはなりません。
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もっとも、実写フィルムを下敷きにする手法にも限界があります。 その方法では描き切れない場面もあります。 具体的には「柔道一直線」の一場面で、白鳥という柔道家が足の指でピアノを弾き「猫踏んじゃった」を演奏する場面です。 実写のTVドラマで近藤正臣がその場面を演じた時は、そのあまりの不自然さとバカバカしさに言葉を失いました。 もし、日本のアニメが、コンピューターグラフィックスなどを用いて、その場面を不自然でなく納得できる動作で表現できたら、これは本物だな・・と思います。 その時はテレントが不要になる時代です。
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