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【 切腹事故 】 [鉄鋼]

【 切腹事故 】

 鉄鋼の世界では、耐火物壁に穴が開き、中の「溶け物」(溶鋼や溶銑)が吹き出す事故を切腹事故と言います。容器は転炉だったり取鍋だったりしますが、比重の大きい溶けた鉄の静圧はすさまじく、あたり一面火の海になります。オヒョウは、トーピードカーの切腹事故で駐車場にあった先輩の車が燃えそうになったのを見た事があります。

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先日、JFE東日本製鉄所の千葉6号高炉がその切腹事故を起こしたようです。「ようです」という不確かな書き方になるのは、新聞記事の書き方が極めて不正確で曖昧だからです。

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オヒョウは製鉄所に関する新聞記事は全てチェックします。これはオヒョウの仕事に関係があるからではありません。今現在は、オヒョウの仕事と製鉄所にはほとんど関係がありません。オヒョウが製鉄所の記事に興味があるのは、記者がどの程度正確に報道するかを確認したいからです。

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大新聞の記者でも、勉強不足の人は放射能と放射線の区別ができず、フラップとエルロンの違いを知らず、細菌とウィルスを混同します。そして鉄と鋼の違いが分からない人が、製鉄所の記事を書くとおかしな内容になります。 オヒョウはそれを読んでニヤニヤするというちょっと意地惡な趣味を持つのです。

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今回の事故では、高温の鉄鉱石とコークスが逆流して溶鉱炉から吹き出して火災になった・・という新聞記事がありましたが、不思議な記事です。高炉でこの種の事故がおこる場合、出銑孔か羽口、あるいはその周辺の耐火物と鉄皮が破損して流れ出すのが普通です。高炉の原料装入口は羽口から数十メートルの高い位置にあり原料が逆流するという事はありません。

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また、新聞記事は、消防車とともに2機のヘリコプターが参加して消火活動に当たっていると伝えていますが、これも不可解です。森林火災消火ではあるまいし、ヘリコプターが何の役に立つのか・・。上工程の「溶け物」が絡んだ火災では、水をかける事はできません。水蒸気爆発の危険があるためで、製鉄会社は過去に水蒸気爆発で何度も痛い目にあっています。この種の火災では燃料を絶って、遠くから冷却を続け、火が消えるのを待つしかない場合もあるのです。

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しかし、この記事でさらに不思議な事があります。それはこの火災事故を消防署の監視カメラが発見したという情報です。 高炉は1年365日、24時間オペレーターが監視しており、社内の人が火災事故に気づかないはずはありません。 製鉄所から消防署への通報が遅れ、消防署が独自に発見した為、社内では気付かなかった・・という事にしたのでしょう。

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製鉄所は、工場と市街地の間に広いグリーンベルトを設け、粉塵や騒音が構外に漏れない様に気をつけています。工場の配置にしても、基本的に汚れやすく公害の可能性のある上工程(製銑・製鋼)は、入り口から遠い奥に配置し、下工程(圧延)を入り口近くに配置しています。 だから上工程の事故を、社外の監視カメラが最初に発見するとは思えないのです。

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しかし、工場の表から見えにくいという事は、逆に海の側からは丸見えだという事です。日本の製鉄所は全て臨海製鉄所であり、海から見れば公害も高炉のトラブルも一目瞭然です。 何も船から見る必要はありません。東京湾の場合、対岸から見れば良いのです。

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世界には製鉄所が集中した地域があります。ドイツのザール・ルール地方、米国のミシガン湖南岸、エリー湖南岸などですが、日本の場合は、北九州地区、瀬戸内地区、そして東京湾沿岸が該当します。

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なぜ製鉄所が集中するかには理由がありますが、その話は別稿に譲るとして、東京湾岸には、3つの製鉄所が並び、お互いに眺める事ができます。 指呼の間とは言えませんが、双眼鏡か望遠鏡を使えば、対岸の高炉を視認できます。 

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東京湾の場合、山手のドルフィンからは決して三浦三崎は見えませんが、扇島や君津からは、千葉(蘇我)の製鉄所が見えます。今回の火災事故は別の製鉄所からも確認できたはずです。過去には、製鉄所ではありませんが、東京湾岸の石油化学コンビナートのフレアスタッグの炎が、都心から視認され、大騒ぎになった事があります。(今、フレアスタッグの多くは、グラウンドフレアという地表近くで炎を出す方式なのでこの種の騒ぎは減りました)。

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以前、オヒョウは関東地方の製鉄所の製鋼関係者が集まった会合に出席した事があります。そこで川鉄千葉(当時)の人に尋ねた事があります。「ライバル会社の高炉を対岸から見る事ができますね」訊かれた千葉製鉄所のB田さんは「高炉どころか、転炉工場の煙突が見えますよ」間欠的に放散される転炉ガスの炎を見れば、転炉の酸素吹錬時間、1ヒートの処理にかかる時間、1日に何ヒート処理するか、ひいては粗鋼生産量も全て分かります。ライバル会社の生産状況が全てわかるのです。

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そこへ、鹿島製鉄所のT崎さんが口を挟みました。「転炉だけではないでしょう。連続鋳造の冷却蒸気が見えなければ、CC(連続鋳造装置)が止まっていると分かります。 早速電話して『おたく何かトラブルですか?』と確認できますね 」とケラケラと笑いました。当時、連続鋳造の工程ではブレイクアウトというトラブルが問題でした。これは凝固中の鋳片の殻が破れて溶鋼が流れ出す事故で、やはり周辺は火の海になります。この事故が発生すると粗鋼の生産量にも影響を与えます。製鉄所にとっては知られたくない情報です。

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しかし運命は不思議です。対岸のライバルであったNKKの京浜製鉄所と川鉄の千葉製鉄所が同じ会社になり、B田さんは両方を監督する経営者になりました。双眼鏡で眺めるライバルは、新日鐵君津製鉄所だけです。

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今回の切腹事故は、千葉の製鉄所の6号高炉で発生しましたが、製鉄所の火災は隠す事もできませんし、その必要もありません。製鉄所は事故情報を隠すのではなく、むしろ正確な情報をマスコミに開示して、トンチンカンで不正確な記事が書かれるのを防ぐ事に留意すべきです。B田さんなら、きっとそう考えているはずだと、オヒョウは考えます。


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夏炉冬扇

今晩は。
身内が製鉄勤務でした。
佳いお年になりますように。
by 夏炉冬扇 (2009-12-31 21:26) 

笑うオヒョウ

夏炉冬扇さん コメントありがとうございます。
福岡県で製鉄所にお勤め・・という事は、新日鐵八幡か戸畑、あるいは住金小倉ですね。 どうか良いお年をお迎えくださいませ。
by 笑うオヒョウ (2009-12-31 22:08) 

よっちゃん

明けましておめでとうございます♪
今年もよろしくお願い致します♪
by よっちゃん (2010-01-01 02:05) 

笑うオヒョウ

明けましておめでとうございます。
こちらこそ、今年もよろしくお願いします。
by 笑うオヒョウ (2010-01-01 02:42) 

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