SSブログ

【 円楽逝く 】 [雑学]

【 円楽逝く 】 

三遊亭円楽が、他界しました。彼が健康でもっと長生きすれば、古今亭志ん生や三遊亭円生、桂三木助といった昭和の大名人に肩を並べたかも知れませんが、惜しい事です。

・・・・・・・・・

江戸の落語を考えた場合、滑稽さ(おかしみ)だけでなく、粋と上品さという2つの要素も重要です。ただ可笑しいだけの芸人なら幾らもいますが、粋と上品さの両方も兼ね備えた落語家としては、彼が第一人者でした。師匠の三遊亭円生のいいところだけを引き継いだ落語家でした。普通の落語家や漫才師が、可笑しさをひたすら追求すると、しばしば下品になってしまいます。下品になると、本当の人情噺は語れません。晩年の円楽がひたすら、芝浜や中村仲蔵という人情噺に拘ったのは、彼自身が自分の特長を意識し、彼しかできない落語を目指したからでしょう。

・・・・・・・・・・

また彼が三遊亭一門を引き連れて、柳家小さんらと袂を分かった事件は、後になって考えれば、江戸落語によい刺激を与えた事と言えます。あの反乱がなければ、江戸落語はもっと堕落し、衰退していた可能性があるとオヒョウは考えます。

・・・・・・・・・・

ところで、今回の円楽逝去のニュースでオヒョウが着目したのは、その病名です。彼の最後の病気は肺癌だったそうです。それを見て、彼が昔、よく口にした落語のマクラを思い出しました。

・・・・・・・・・・

彼は台東区のお寺の息子に生まれましたが、若い頃に肺結核になったそうです。 そこで彼は住職である父親から、奇妙な事を言われました。「畳の上に腹這いになって、体をくねらせ、手足をバタバタさせろ」「オヤジ、そりゃ何のまねだい?」「金魚のまねさ。金魚は肺結核にならない。だから金魚のまねをすれば、お前の結核は治る」

・・・・・・・・・・

実際、円楽は肺結核を克服した訳ですが、父親の説明は半分正しく、半分間違っています。

1.金魚は魚なので肺はありません。だから肺結核にはなりません。

2.しかし、魚も結核になります。正確には、結核ではなく抗酸菌に感染した疾病に罹ります。抗酸菌とは、広義の結核菌みたいなものです。

・・・・・・・・

30年ほど前ですが、東北大学の医学部にいたM君が、抗酸菌研究所で研究を続ける・・というので、そりゃ何だね?と尋ねると、

「抗酸菌研の中身は、癌研究所だよ。 でも自分の入院先や通院先が癌研究所だとなると、告知されていない患者さんはショックを受けて打ちひしがれる。 だから抗酸菌研究所を名乗っているのさ。『昔の名前ででています』という歌の通りさ」

「では抗酸菌とは?」

「結核菌を含む、細菌グループの名前だが、実際には結核菌の事さ。でも結核が不治の病だった頃、患者さんが、自分が入院したのが結核研究所だとなると、やはり意気消沈してしまう。だから素人には分かりにくい表現で抗酸菌研究所としたのだ。今は結核は不治の病ではないし、研究の内容は癌にシフトしている」

・・・・・・・・

なるほど、医師の世界も大変だな・・と思う反面、結核菌と抗酸菌の定義の違いについては分からないままでした。 しかし、魚を対象とした場合、確かに結核にはならないけれど、抗酸菌疾患にはなるのです。

・・・・・・・・

M君は、それにつづけて面白い話を始めました。

・・・・・・・・

「癌研究では、かつて常識だった事が覆される事がときどきある。例えば、昔は胃潰瘍が悪化した結果、癌化すると言われていたが、それが間違いで胃潰瘍の延長上に胃癌がある訳ではない・・というのが今は定説になった」

 (しかし、その後ヘリコバクターピロリの研究が進み、ピロリ菌が胃潰瘍を起こすと同時に、胃癌発生因子である事が分かり、胃潰瘍と胃癌の関係はやや複雑になりました)。

「もうひとつ、面白いのは、肺結核と肺癌の関係だ。肺結核になった人は肺癌になりにくい・・・という統計データがあるのだ。しかしこれが信用できるか・・・むずかしい。単純な統計作業の結果が大変な誤謬をもたらす可能性があるのだ。その説は覆る可能性がある」 

実際、近年、肺癌患者と死亡者が大幅に増えていますが、これは数十年前に肺結核の患者が大幅に減った影響が、時間差を置いて現れているという見方もあります。でもM君はこの見方に否定的です。

彼の説明はこうです。

1.肺結核と肺癌の罹患年齢のずれ

肺結核は、若い人が多く罹患した。それに対して、肺癌の発症年齢はかなり遅く、中高年になってからだ。つまり昔は、結核患者は肺癌になる前に、肺結核で死んでしまった為に、肺癌にならなかったのだ。本当は、肺結核経験者が肺癌になるかどうかなんて分からなかったのだ。 一方、肺癌になったのは、若い頃に肺結核にならずに生き延びた人だが、結核にならないから癌になるという仮説を補強するものではない。ただ、それだけの事だ。 

2.誤診の問題

昔は診断技術が稚拙で肺癌を肺結核と誤診した可能性がある。実際には肺癌であっても、喀血すれば、即労咳即ち結核と診断された可能性がある。

・・・・・・・

1.と2.が原因で、結核経験者は肺癌にならないという怪しい結論が出た可能性がある。 特に1.については、結核も癌も致死性の疾病であった為、これらの疾病が二者択一的(alternative)な事象と錯覚された可能性がある。今、結核の死亡率は大幅に低下し、診断技術の向上で結核と癌を誤診する可能性もない。今なら、それが事実か否かが検証できる。

・・・・・・・

彼は続けます。「しかし、結核経験者は癌になりにくいという仮説を元に、丸山ワクチンが作られた・・・」。 実はM君が医学部の学生だった頃に、彼の父上が癌に罹り、彼は仙台から東京の日本医大に出向いて丸山ワクチンを入手した事があるのです。 結局、役には立ちませんでしたが。

・・・・・・・・

丸山千里博士は、結核治療薬を改良して癌の治療薬にする事を考えました。 それが丸山ワクチンです。しかし、上記の通り根拠が怪しく、薬が効くメカニズムをうまく説明できません。 そして臨床治験データが不十分だった為、結局、丸山ワクチンは全面的には、認可されないまま終わりました。

・・・・・・・・・

丸山ワクチン推進派は、医学界の学閥が原因で、私大の一研究者だった丸山博士が不当に差別・無視された結果だと訴えます。藁にもすがりたい癌患者には、科学的な理論などより、有効な薬か否かの方が重要なのであり、理屈はともあれ、ワクチンをくれと言う声もありました。 結局、行政は丸山ワクチンを後味の悪い形で葬り去った訳で、これは日本の癌研究の一つの汚点として残っています。その20年後、アニメ「攻殻機動隊」には、村井ワクチンという電脳硬化症に有効な薬品が登場しますが、これは丸山ワクチンがモデルです。

・・・・・・・・・

医学的な事はともかく、実際のところ、結核は不治の病ではないので、肺結核と肺癌が本当にalternativeなのか否かは、統計的に容易に検証できるはずです。どこかに肺結核と肺癌の両方を経験した人はいないかな?・・・と考えていたところ、円楽師匠が、その一人だったのです。肺結核が不治の病でないように、今は肺癌も不治の病ではありません。彼にはもっと生きて欲しかった・・・。

・・・・・・・・・

そして実際のところ、結核と癌の関係はどうなのだろうか?丸山ワクチンは有効だったのか否か?

その当たりを丸山千里博士と一文字違いの名前の、医師(M君とは別人)に尋ねようか・・・とも思ったのですが、止めにしました。

この医師は、オヒョウのブログに登場する事を許可していないのです。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。